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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

      
         
10記念
  
尾崎翠フォーラム in 鳥取2010
         =ご案内=

 

〔日 時〕 7月3日(土)〜4日(日)
〔場 所〕 県民文化会館(とりぎん文化会館)第1会議室ほか
〔参加費〕 前売り券
      @2日間・通し券 3,000円
      A1日券      2,000円(当日券 2,500円) 

 

   ◆ 山名立洋さんの講演
       『翠をめぐるあれこれ』 ◆

 山名立洋さんの講演『翠をめぐるあれこれ』は、7月3日
(土)15:30〜16:20です。

 
  翠の思い出と暮らし振りを聴く

                        土井淑平

 尾崎翠は岩美町岩井の西法寺で生まれ、鳥取市職人町
の養源寺の墓所に眠っている。 西法寺と養源寺は浄土真
宗本願寺派の親戚付き合いの寺院で、翠の次兄に当たる
哲郎 =1916年(大正5)に得度してから哲朗に改名=は、
養源寺の養子に入っている。
 哲郎は龍谷大学を首席で卒業した秀才で、博多の本願
寺別院の役員として赴任中に病いで倒れたが、このとき翠
は直ちに博多まで看病に赴き、養源寺に連れ帰ったあとも
献身的に看病を続けた。
 神経を病み36歳で帰郷した翠は、母のまさとともに養源
寺の裏手の寺町の実家で暮らす。1943年(昭和18)の鳥
取地震で寺町の実家が倒壊したあとも、やはり養源寺の敷
地内に建てられたバラックに住んだ。
 1945年(昭和20)の終戦に伴い、 朝鮮から引き揚げて
きた翠の3番目の兄・尾崎史郎、2番目の妹・松本操、3番
目の妹・小林忍の3家族が、 この狭い寺町のバラックに同
居していた1時期もあった。 あのモノも食糧も乏しく貧しき終
戦後のひとこまである。
 その後、末の妹の忍が1956年( 昭和31)に死去すると、
翠は忍の3人の遺児(美奈子、春美、喬樹さん)の親代わり
となって世話をしたが、そのころ翠はほとんど毎日のように
勝手口から養源寺に出入りし、哲郎の長男の住職・山名俊
雄さん=故人=のおつれあいの政子さんと世間話をして過
ごした。
 つまり、政子さんは翠の甥の妻に当たり、翠とは親子くらい
歳が違うわけだが、八頭郡(現在は鳥取市)用瀬の出身で、
翠の鳥取高女時代の仲のよいクラスメートに用瀬の造り酒
屋の娘さんがいたこともあって、かつての友人と同郷の政子
さんに翠は親しみを感じたようだ。
 養源寺の現住職の山名立洋さんは俊雄さんと政子さんの
1人息子で、翠からみると甥の子どもに当たる。いつも翠大
伯母が勝手口から入ってきて、決まって新生というタバコを
ふかしていた姿が、立洋さんの脳裏に焼き付いている。
 立洋さんによると、翠大伯母はミドリおばさん≠ニ呼ばれ、
「(小林喬樹さんら忍の) 子どもを学校に送り出したあととか、
洗濯のあとなど、ほとんど毎日来てたんじゃないだろうか。私
が赤ちゃん時代から小学校に入るくらいのころで、ミドリおば
さんは男の人と間違えるくらい理知的という感じだった」 とい
う。
 翠は立洋さんが京都の大学の3年生だった1971年(昭和
46)7月に亡くなったが、その通夜に親族が集まって翠の近
刊予定の『アップルパイの午後』(薔薇十字社、その年の11
月刊)を話題にしていたことを記憶している。
 親族代表の早川洋子さん(操の長女)が保存されている写
真のなかには、養源寺で行なわれた翠の父親・長太郎の葬
儀、あるいは、母親・まさの葬儀のさいの写真などがある。在
りし日の翠の兄妹が全員そろっているばかりか、セーラー服
姿の山名礼子さん(哲郎の長女)や 子ども時代の松本敏行さ
ん(操の長男)の姿を目にすると、光陰矢の如き歳月の流れ
を感ぜざるを得ない。
 いずれにせよ、翠といちばん縁の深いのは西法寺と養源寺
であり、なかでも翠ともっとも長く接する時間をもったのは、現
在87歳にしてご健在の養源寺の政子さんである。その政子さ
んから折に触れて翠の話を聞き、 ことに最近は意識して聞き
書きをテープに取るなど、母親の貴重な記憶の保存を心がけ
てこられた立洋さんから、講演『翠をめぐるあれこれ』 で翠の
思い出と暮らし振りを聴けるのは、 翠の読者や研究者にとっ
ても得難い機会である。
 立洋さんは大学卒業後、全労災に勤務して営業畑から管理
部門までこなし、2年前から住職に専念されているが、人形劇
団「こうま座」の代表をつとめ、毎年秋には養源寺の本堂を開
放して無料の「寺子屋コンサート」を開くなど、幅広い趣味と文
化活動のオルガナイザーの才覚を持ち合わせた方である。 こ
んどの講演で聴衆はめったに聴けない翠のエピソードだけでな
く、如才のない立洋さんの語り口にも魅せられるに違いない。
         
     (尾崎翠フォーラム実行委員会代表)

 

(お問い合せ・参加申込み先)

  尾崎翠フォーラム実行委員会
    〒680−0851 鳥取市大杙26 土井淑平気付
    (TEL・FAX) 0857−27−7369
    (Eメール)  manager@osaki-midori.gr.jp

 チラシ・チケットは4月20にできます。メールで参加申込みをされ
る方は、4月20日以降、氏名・住所・電話番号・メールアドレスを明記
のうえ、上記のEメール・アドレスに連絡して下さい。折り返しチケット・
郵便払込み用紙・資料をお届けします。