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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

          
      ◆蓄音機コンサートの報告

  「“翠の時代” の音楽を聴く」
   の構成、その他

                           岩谷東亜

 
 この蓄音機コンサートの企画には2つの出発点がありました。1つ
は、西尾肇さん(現・鳥取市立中央図書館長)の発掘した資料、鳥取
高女時代の尾崎翠です。この資料から尾崎翠と鳥取高女の音楽教
育(特に永井幸次)との関連が取り出されました。もう1つは、イギリ
ス製高級蓄音機など各種の蓄音機、及び400~500枚におよぶSP盤
レコードの蒐集家である山本茂雄さん(鳥取敬愛高校講師)です。こ
うして、同じ高校に勤務する2人で異色のコンビを組み、1人は文学
担当として(岩谷)、もう1人は音楽担当として(山本)、「蓄音機コンサ
ート〜“翠の時代”の音楽を聴く〜」が生まれました。 このコンサート
の趣旨は「翠の時代」、すなわち明治後期・大正・昭和初期に、尾崎
翠が聴いていたと思われる音楽を聴いてみよう、と企画されました。 
今回の蓄音機コンサートの構成は、以下の7つの部門で構成されま
した。

1.プロローグ……イギリス製高級蓄音機 を楽しむ

2.鳥取高女の音楽教育……永井幸次と尾崎翠

「通俗家庭講話並に音楽会」(明治43
     年、尾崎翠は鳥取高女第1学年、13歳)       
「立太子禮奉祝音楽演奏会(大正4年、
     尾崎翠は大岩小学校代用教員2年目、
     18歳)
唱歌…「埴生の宿」(ビショップ作曲、
   明22)、「荒城の月」(明34)         
  器楽曲…「ドナウ河の漣」(イヴァノヴ
   ィッチ)、「春の曲」(メンデルス
   ゾーン)
 ここでは、永井幸次(近代日本の音楽教育において西洋音楽を学
校教育に受容する上で重要な役割を果たした音楽教育者、 大阪音
楽大学の創立者。鳥取市出身) による音楽教育と尾崎翠への影響
が捉えられます。曲目は尾崎翠も聴いていたと思われる音楽会の曲
目から選びました。

3.大正琴……琴城流大正琴鳥取支部

 (1) 唱歌…「離れ小島」(明治39?)、
   「須磨の曲」(田村虎蔵作曲、明42?)
 この二曲は当時の鳥取高女の女学生たちが聴くたびに感銘を受け
た名曲でした。レコードがないため諦めていましたが、ヤマシタ楽器店
さんの紹介により、山根澄子さんをはじめとする 「琴城流大正琴鳥取
支部」の皆さんに演奏して頂くことができました。
 (2) 大正期の歌…「早春賦」(大2)、
   「故郷」(岡野貞一作曲、大3)

 この二曲も音楽会の曲目に出ており、大正琴グループの皆さんも大
好きな曲というので、会場の皆さんにも一緒に歌って頂きました。この
提案は山根さんからあり、黄色いユニホームの6人の演奏と共に、華
のあるコンサートになりました。

4.浅草オペラ……鈴木恵一「尾崎翠の音 楽的素養」

  歌曲…「鉾をおさめて」(歌手・藤原義
   江、大15 ) 
  オペラ曲…「魔弾の射手<序曲>」(ウ
   ェーバー) 

 尾崎翠の代表作『第七官界彷徨』には小野町子と三五郎がコミック
オペラを合唱したり、二助が替え歌を唄う場面が出てきます。 これは
尾崎翠が日本女子大学に入学するため東京に上京し、 三兄史郎の
下宿先に一緒に住んだ時(20歳)の、大正6年に大流行した浅草オペ
ラを材料にしています。なお、三五郎は尾崎翠の従弟にあたる田村熊
蔵がモデルになっており、東京音楽学校に受験するため同じ下宿に住
んでいました。 このことについては作曲家の鈴木恵一先生がエッセイ
「尾崎翠の音楽的素養」に書かれています。

5.昭和初期の歌……戦争と尾崎翠

 流行歌…「丘を越えて」(歌手・藤山一郎、
  昭6)、「裏町人生」(歌手・上原敏、
  昭12)
 栄光の明治と短い大正時代を経て、昭和初期は深刻な不況から始
まりました。昭和4年(1929年)、アメリカから始まった世界恐慌は日
本にも及び、特に農村の不況は深刻でした。しかし、世相の底流には
不況の暗雲が澱んでいたにもかかわらず、国内はまだ平穏でカフェー
やダンスホールが繁昌し、モボ・モガが闊歩する世相は、いわゆるエ
ロ・グロ・ナンセンスの時代を現出していました。 その後、 日本は昭
和4年、国際連盟を脱退、昭和12年には廬溝橋事件が起こり、日本
は日中戦争の泥沼、第2次世界大戦へと戦火を拡大してゆきます。
 この昭和不況と戦争突入前の昭和初期、尾崎翠は『第七官界彷徨』
を始めとする後期の代表的な作品群を次々と書いてゆきます。「落合
でのひとり暮らしで、物事に超然として生活しており」、座っている座布
団の下の畳が腐るほど、新しい文学の創造に没頭していました。

6.尾崎翠と洋楽……映画と尾崎翠

 歌曲…「菩提樹」(シューベルト作曲、
   歌手・ロッテレーマン、<原語> )
  器楽曲…「玩具のシンフォニー」(ハイ
   ドン)、「美しき青きドナウ」(ヨハ
   ン・シュトラウス)
 尾崎翠の文学を語るとき、フロイトの心理学と映画の影響があげら
れます。特に映画については『映画漫想』という鋭い映画批評を書い
ており、「鳥取へ帰ってきてからも見る映画はほとんど洋画で、 時々、
原語で歌を唄っていた」と伝えられています。

7.エピローグ……小説家・尾崎翠

 鳥取高女主催の音楽会で歌曲として歌われたり、器楽演奏された曲
目を中心に、当時、尾崎翠も聴いたと思われる音楽を一緒に聴いて頂
きました。永井幸次のはじめた音楽教育は、一方では鳥取高女におい
て多くの音楽気違いを生みました。が、もう一方で新しい音楽、特に西
洋音楽に触発されて、尾崎翠という時代を先取りする、モダニズム
の小説家を生み出したのではないでしょうか。
 最後に、花田清輝の次のような讃辞を紹介して、蓄音機コンサートの
まとめとします。「彼女の作品は、戦中や戦後にスポイルされない、戦前
の瑞々しい哲学的青春が脈打っている。」

 

※ フォーラムの詳細は『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2008報告集』(12月刊行予定)
に収録します。報告集の問合せと注文は以下まで。

       manager@osaki-midori.gr.jp