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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

      
          第8回
  尾崎翠フォーラム in 鳥取2008
         =ご案内=

〔日 時〕 
   7月12日(土)14:00〜17:30 翠文学散歩ツアー
  7月13日(日)13:30〜17:00 講演と蓄音機コンサート
〔場 所〕
   鳥取県立県民文化会館(とりぎん文化会館)第1会議室

  ◆蓄音機コンサートに寄せて◆

 〜翠の時代の音楽を聴く (オリジナル盤)〜

    
              
 山本茂雄(鳥取敬愛高校講師)
               岩谷東亜(鳥取敬愛高校講師)

1、イギリス製高級蓄音機を楽しむ

 当日使用します蓄音機は、英国製の機械(E・M・Ginn社製)
でほぼ80年前に作られたものです。その特徴は大きなラッパ型
の外部ストレート・ホーンであり、サウンド・ボックスをはじめ手作
りで一台ずつ入念に、製作されている点にあります。そのため、
SPレコードを再生する際、その再生音が高忠実度であると云わ
れております。
 元々、SPレコードの蓄音機による再生音は、ステレオ音響でも
なくCD、MD等の音色に比較して、再生時に手を加えることは原
理的にできないため、その発する素直な音色に魅力があると云
われます。
 また、こうしたレコードの音色を楽しむためには、20〜30人ぐ
らいが入れる広さの音響効果の良い部屋が一番良く、あまり小さ
な部屋でもいけないし、他方、200〜300も入る大きな部屋では
音が弱すぎると云われ、本来の音色を楽しむことが出来ないと云
われています。
 実際にSPレコードを再生する時、ピックアップを通して電気的
方法でスピーカーを鳴らす場合と比較すればその違いは明瞭に
現れます。つまり、SPオリジナル盤の発するアコースティックな音
色の世界は、当時の伝え聞く演奏者なり、指揮者あるいは往年
の歌手達の描く音響の世界を想起することができるのではない
でしょうか。
 評者によりますと、蓄音機は一種の楽器に相当し、その音色は
多少の擦過音を伴うものの、岩間を流れ落ちる清水の味であり、
CD、MD等の発する音色は蒸留水の味であると表現する人もあ
ります。
                             
  (山本茂雄)

2、翠と鳥取高女の音楽教育

 永井幸次は鳥取市西町の生まれで、明治29年、東京音楽学
校(現・東京芸術大学)を卒業しています。この時期、同校には鳥
取県から田村虎蔵、永井幸次、岡野貞一と三人の著名な作曲者
を同時に輩出し、平成の現在、鳥取県を「童謡のふるさと」と誇り
うる県にしています。
 永井が東京音楽学校を卒業し、静岡師範の勤務の後、郷里の
鳥取師範学校へ音楽教師として迎えられたのは明治33年、26
歳でした。その翌年、鳥取高女、ついで鳥取一中の兼務を懇望さ
れています。鳥取に在住したのはわずか5年でした。ところで、そ
の間、最新の音楽技術と中央の雰囲気を身につけた永井の赴任
により、鳥取高女の音楽教育は画期的な発展をします。着任の折、
次のような挿話があります。「私が行くと生徒を皆音楽気違いにし
てしまいますから、却ってご迷惑をかけることになるのではないで
しょうか・・・」
 また、これは鳥取を離れて神戸の小学校時代の挿話ですが、学
校の前に住むご婦人方から大きな果物籠を貰った話としてでてき
ます。「以前は唱歌が始まるとどの家も申し合わせたように皆戸を
閉めておりましたところ、この頃は生徒さん達の声がすっかり変わ
って綺麗になり、節も面白く上手に歌って居なさるので、今度は子
供達が戸を開けるように請求し、籐椅子などを欄干まで押し出して
座り込んで歌に聞き入り、だんだん聞き覚えて一人でも歌うように
なりました。先生によってこうもちがうものか。教育はおそろしいも
のだとおもいました。」
 こうして校友会主催の第1回の音楽会が明治39年に開催されま
す。文化的な催し物に接する機会の少なかった鳥取市民にとって、
この音楽会は非常な人気を博し、聴衆者は数百名でした。
 その後、永井は神戸、大阪に転任し、音楽不毛の地といわれた
大阪に大阪音楽学校を設立し、学長になっています。
 永井幸次は明治以降の、近代日本の洋楽受容の歴史において、
重要な位置をしめる洋楽伝道者でした。
 尾崎翠が鳥取高女に入学したのは明治42年、永井が鳥取を
離れてから4年後のことでした。
 永井の指導で始まった鳥取高女の音楽熱は明治39年に第1回
音楽会が開催され、明治43年には「通俗家庭講話、並びに音楽
会」が開催されています。尾崎翠が鳥取高女に入学した第1学年
の時にあたります(12歳)。この音楽会では、第1回に比べ、生徒
が出演する唱歌が単音(斉唱)、二重音、三重音(二部、三部合唱
)や二部輪唱と多彩になり、ピアノ独奏、ピアノ・ヴァイオリン合奏は
教師、箏、尺八等は卒業生が演奏しています。
 尾崎翠の代表作『第七官界彷徨』は、昭和6年、34歳の作品で
すが、その中にコミックオペラがでてきます。小野町子と三五郎が
合唱したり、二助が替え歌で歌っています。日本でオペラが浅草オ
ペラとして大人気になるのは大正6年(1917)のミュージカル「カフ
ェの夜」からでした。この年、尾崎翠は大岩尋常小学校の代用教
員を辞め、渋谷・道玄坂の三兄史郎の止宿先に仮住居し、日本女
子大進学への志望を固めた年です。
 尾崎翠の“時代を超える文学”、「第七官界」の世界は、このよう
な永井幸次という近代洋楽受容史に重要な位置をしめる洋楽伝道
師の影響や、浅草オペラなど、明治・大正期における最新の洋楽
受容やヨーロッパ音楽の摂取のもとに成立したと思われます。
 なお、『第七官界彷徨』に出てくる三五郎は尾崎翠の従弟にあた
る田村熊蔵がモデルと云われています。田村熊蔵は戦後、鳥取大
学の音楽科教授を長く務め、鈴木恵一先生など、現在の鳥取楽壇
の中心となる人材を育てた指導者でした。
                              
(岩谷東亜)

(お問い合せ・参加申込み先)

  尾崎翠フォーラム実行委員会
    〒680−0851 鳥取市大杙26 土井淑平気付
  
  (TEL・FAX) 0857−27−7369
    (Eメール)  manager@osaki-midori.gr.jp

 チラシ・チケットは4月20日にできます。メールで参加申込みをされ
る方は、4月20日以降、氏名・住所・電話番号・メールアドレスを明記
のうえ、上記のEメール・アドレスに連絡して下さい。折り返しチケット・
郵便払込み用紙・資料をお届けします。