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Osaki Midori Forum in Tottori

      
      3/27〜28 東京シンポジウム

 『尾崎翠の新世紀 - 第七官界への招待』
                   参加記

「こほろぎ嬢」を朗読する澤登翠さんとギター伴奏の湯浅ジョウイチさん(写真=鳥取県提供)
映画「こほろぎ嬢」をめぐるトーク。左から浜野佐知監督、鳥居しのぶさん、 宝井誠明さん(写真=鳥取県提供)

 

                         佐々木孝文

 去る平成二十一年三月二七日・二八日の二日間にわたり、
東京・駒場の日本近代文学館で開催された「尾崎翠の新世
紀」。いつものホスト側の立場と違い、リラックスして尾崎翠
について考えることのできる貴重な機会だったのだが、前後
に私事で非常に多忙になってしまったため、余裕のない参加
になってしまった。初日は開催5分前の会場到着、二日目は
閉幕後駅まで走って列車に飛び乗ったような次第で、これま
でお世話になった方々や、注目していた研究者と、言葉を交
わす時間がなかったのは非常に心残りだったが、一応全て
の企画に参加することができた。
 非常に興味深い内容であり、まずはこのような企画の実施
に尽力された、実行委員会の方々、協力された鳥取県の皆
さんに感謝したい。
 さて、内容についてだが、いずれ詳細は講演録などが刊行
されると思うのでそちらに譲ることにし、ここでは簡単に雑感
を記すにとどめたい。
 まず、川上未映子氏の講演「いったい、第七官界って何の
ことやと思います?」。
 ミュージシャンであり、芥川賞作家である川上氏については、
それ以外の予備知識をもっておらず、失礼ながら作品も拝読
したことはない。ただ、講演のタイトルを見た時に漠然と 「芯
は外さないだろうな」 という感じをもった。むしろ、川上氏の個
性の強さの方が際だってしまうような危惧を抱いたくらいであ
る。 「尾崎翠」 という、「 確固として存在するが、微妙で微弱」
な旋律は、強い伴奏であっというまにかき消されてしまうから
である。しかしこれは、杞憂だったようで、ライブ・パフォーマ
ーとしての能力も駆使しつつ展開する川上氏の講演は、あた
かも、尾崎翠と川上氏のセッションのような印象だった。言葉
や表現に対する真摯さにおいて、川上氏のスタンスは、ある
意味で「第七官」に直感的に近づくことに成功していたと思う。
これは、「形而中」という独特の言い回しも含め、自身のスタ
イルや哲学的思索を光源にすることでコントラストが強められ、
「第七官界」の姿が浮き上がる、という方法論である。そういう
意味では、実作家ならではのものであり、大いに触発されると
ころがあった。
 引き続き、鳥取のフォーラムでもお馴染みの澤登翠氏「朗
読『アップルパイの午後』」。湯浅ジョウイチ氏のギター伴奏と
あわせて、これも一つの「読み込みの形」として理解した。澤
登氏の、発声という身体に還元される読解は、文字を介さな
い文学作品理解、という、ある意味で、尾崎翠という作家の方
法論を反転させるものである。「本質的には文字になりえない
ものを、文字を介して表現する」ことを、尾崎翠の方法論であ
ると仮定することが許されるならば、だが。私には、澤登氏の
声で出力される「アップルパイの午後」は、やはり「戯曲形式の
詩」と思えた。川上氏同様、コントラストを強めて尾崎翠の世界
を浮かび上がらせる方向性の企画であり、東京での尾崎翠再
紹介のためには効果的だったのではないだろうか。
 翌日は、映画「こほろぎ嬢」の上映から。会場の造作の関係
で、上映環境はベストとはいえなかったが、手作り感や暖かみ
のある会場で、むしろ映画に入り込むにはちょうど良かった。
この映画は、不思議なことに、見るたびに新たな発見があり、
その都度に原作を読み返したくなる。今回も、前日の川上氏
の講演を思い起こしながら拝見し、東京から戻ってすぐに原
作と石原深予氏「尾崎翠「地下室アントンの一夜」論」を読み
返した。土田九作の姿が、私が最近関心をもっている、尾崎
翠とも多少縁のある同世代の詩人と、あまりにオーバーラップ
して見えたからである。
 その後、密かに最も期待していた池内紀氏の講演「尾崎翠
の新しさ」を拝聴する。期待通り、作品の内側と外側の両方に
視野を開いた論旨であり、「尾崎翠」に現在与えられた場所の
ありかたとその理由を端的に示されたものと思う。地元・鳥取
の人々がもっとも知りたいと思っている内容だったのではない
だろうか。「変な文学館とかが造られなかったおかげで、尾崎
翠は汚れなかった」といった言葉の意味は、よく考えてみる必
要があるだろう。
 最後の企画は、パネルディスカッション「尾崎翠文学によせ
て―〈少女〉と〈幻想〉の交差」(吉野朔実、高原英理、木村紅
美、菅聡子)であった。
 ここでは、「押しの強くなさ」「人物像の区別の難しさ」というこ
とが、作品的特徴としてたびたび話題にのぼっていた。前日の
川上氏も、「人物の区別が分からなくなる。そういう書き方をし
ている」という指摘をされており、今回の企画における、尾崎翠
作品に対する共通するとらえ方といえるだろう(池内氏は除い
て)。このパネルディスカッションは、テーマである「第七官界彷
徨」のような、言葉自体より空気を共有している」印象だった(
終盤の「兄妹についてどうか」という話題のところで、その感覚
が非常に強くなり、意図せずして話題との入れ子構造になって
いるように感じた)。こと尾崎翠に対して、あまり鋭角に切り込
むのは得策ではないから、今回のディスカッションはこのあり
方が正しく、欲をいえば、よりブロークンな進め方の方がいっそ
う効果的だったかもしれない。
 以上、駆け足ながら、「尾崎翠の新世紀」に参加した雑感を
報告させていただいた。
 全体としては、進行もスムーズで、内容も非常に充実したも
のだったと思う。願わくば、今回の若い参加者が、自発的に継
承してくれるような形になれば最高なのだが。これは、鳥取の
フォーラムの課題でもある。

(インデペンデント・キュレーター、尾崎翠フォーラム実行委員
会幹事)