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書籍紹介

Osaki Midori Forum in Tottor

 

                           =書評・紹介=
 
          道の手帖

   『尾崎翠 モダンガアルの偏愛

          (河出書房新社、2009年6月刊) 

 

 

   パラダイム・チェンジの里程標として

              山崎邦紀(脚本家、映画監督)


  尾崎翠を丸ごと一冊特集した初の単行本 。 これまで雑誌
『鳩よ!』の特集(九九年)などはあったが、意外にも商業出
版で全特集はこれが初めて。きれいな仕上がりである。昨今
のマニアックな本好き女子にアピールしそうな、儚げなオーラ
が漂う。尾崎翠は、彼女たちの神々の一人なのだ。
 巻頭は『第七官界彷徨』の一九三一年・雑誌初出バージョン
を、そっくり収録するという大胆な試みを敢行 。 周知のように
同作は、同人誌『文学党員』に前篇と中篇が2回に分けて発表
された。その後、後篇を加えた全篇が『新興芸術研究』第2輯
に発表されたが、その際、冒頭の2行が削除されたことは有名
なエピソードだ。そのフレーズは、 すでにわたしたちの脳裏に
深く刻まれているのだが、実際に、
 「私の生涯には、ひとつの模倣が偉きい力となつてはたらい
てゐはしないであらうか。」
で始まる「第七官界彷徨」を読み始めてみると、新たな興趣が
湧いてくる。これが幻の原文なのだ。
 また、前篇が三五郎の接吻のくだりで終わり、中篇が隣人の
登場を予告するフレーズで始まると、気分の切り替わりが実感
される。中篇の最後の3行(つまり今回収録された最後尾) も、
けっこう改変が施されているが、冒頭の2行と違って 、後編と
のつながりで生じた変更だろう。
 すでに全篇が完成形としてあるのに、わざわざ未完の前篇 ・
中篇を読む意味があるのか? 実はわたしもまた、当初そう思
ったのだが、研究的な意味合いだけでなく、初出誌の息遣いを
伝える点で貴重な試みであると感じた。
 その点、今回、 新出資料として書簡5通が収録されているが、
これがまさに前篇・中篇を掲載した『文学党員』編集担当の逸見
広宛て。締め切りを問い合わせる三十年十二月五日の最初の
手紙から始まり、原稿を未完ながら速達で送った旨の同月二十
三日の2通目の手紙。掲載誌を受取ったが、追加で3〜4部欲
しいという三十一年二月八日の3通目の手紙(この時は中篇執
筆中だったのか?)。2篇の連載が終わり、後篇に向っている
という三月十日の4通目の手紙では、何となく一段落したよう
な気配が漂うのは何故?
 逸見からの葉書に答えた四月十七日の5通目の葉書では、
次号のための創作や随筆は無理だが「一作評」(作品短評み
たいなものか?)は送ると書いている。連載中のはずの「第七
官界彷徨」については「尻尾を漸く終つて疲れてゐる処に国か
らおのぼり様が押しかけてきましたので、机上生活当分駄目
になりました」と記すのみ。
 どうやら三月辺りの段階で、後篇は前篇・中篇と併せて、六
月に発行される『新興芸術研究』に全篇発表し、『文学党員』
には新たな創作を寄稿するという関係者間の合意ができてい
たようだ。
 この作品が自らの生涯の代表作になると、執筆渦中にある
尾崎翠自身が予測したわけはないが、いや、 かなりの手ごた
えを感じていたことは間違いなく、1通目、2通目の手紙からは
息せき切ったような意気込みが伝わってくる。また、最初から
前篇・中篇に分けるつもりはなく、書きながら雑誌連載を続け
るなかで、後篇が結果的に残ったような印象。これらの書簡を、
初出の前篇・中篇とセットで読むことで、一九三十年冬から三
十一年春にかけての、尾崎翠の精神のドキュメントと見ること
も可能だろう。

 軽装版の本書だが、尾崎翠に関わる歴史のなかで、ひとつの
里程標となるエポック ・ メイキングな出版物であることは間違
いない。わたしのような花田清輝から始まる甲羅を経た読者層
から、三月末に東京・駒場の日本近代文学館で行なわれたシン
ポジウム 「尾崎翠の新世紀―第七官界への招待」 に集まった、
十代 〜三十代の女性を中心とした清新な読者層へのパラダイ
ム・チェンジ。
 本書が、尾崎翠作品が読み継がれてきた出版の流れに光り
を当て、この一冊に収束させているのも、そうした狙いからだろ
う。まずは編集者や編者たちの証言。
 翠の死後間もなく刊行された薔薇十字社の『アップルパイの
午後』(七十一年)、最初の創樹社版『尾崎翠全集』 ( 七十九
年)、その後発見された多くの作品を収録した筑摩書房版『定
本 尾崎翠全集』全2巻(九十八年)の製作に関わった関係者
たちが「出版の経緯」を語っている。
 なかでも、薔薇十字社の渚順生氏へのインタビューは、初め
てわたしたちの目の前に現れたものであり、貴重な証言を得て
いる。
 伝説的な出版社、薔薇十字社の当時の社内的な雰囲気も興
味深いが『アップルパイの午後』の帯に付された花田清輝の有
名な惹句が、実は渚氏が依頼したつもりのエッセイの代用だっ
たことには驚いた。花田は、オビを頼まれたが苦手なので断っ
たと、後のエッセイで書いているが、渚氏は書下ろしを依頼した
つもりだったのだ。花田が誤解したのか、あるいは断った理由
は別にあったが、とりあえずオビを断ったことにしたのか 、 真
相はわからない。
 また、花田も、全集編者の稲垣眞美も「晩年の尾崎翠は、か
つて自分が小説を書いたことを忘れていた」と、薔薇十字社の
編集者に聞いたと書いているが、わたしは妙な話だと思ってい
。 「 天才の末路としてはロマンチックでないこともない 」 ( 花
田「旧人発見」)エピソードだが、二年前の六十九年に 『 現代
文学の発見 黒いユーモア』に「第七官界彷徨」が収録された
時には、甥の小林喬樹宛てに、同作の映画化の野心まで手紙
にいた尾崎翠なのだ。
 それが今回の渚氏へのインタビューによれば、鳥取の尾崎翠
に連絡を取ったのは、渚氏本人ではなく、薔薇十字社の同僚で
り 、 とっくに死んだものと思って電話しているので 、 行き違い
もあったろう。 また、 翠の耳が遠かったことや、病気が悪化し
ていることも、電話のやり取りに影響したに違いない 。 花田も
稲垣も、渚氏の同僚からの伝聞を、間接的に伝え聞いたのだ。
こんな風にして、初期の伝説が出来上がる。

 創樹社の編集長・玉井五一は、これまでにも何度か翠全集に
ついてエッセイを発表しているが、花田、平野謙など先輩の戦
後文学者たちや、後に綿密な花田全集を編纂する久保覚など、
多彩な人物の真面目を生き生きと伝えると同時に、創樹社発足
の経緯や翠全集の内部事情なども記して、今回は決定版とも言
うべき充実したものとなった。全集発刊の提唱者であった思想
史家・藤田省三の重要な関わりについて証言している元岩波書
店の編集者、田中禎孝の回想と併せて、意義あるものだろう。
 一方、二度の全集の編者である稲垣眞美の、例によってくだ
くだしい自分語りは(おや、今回はジジイの泣き落としかい?)
わたしには噴飯物でしかないが、出版に至る事実関係について、
これまでより比較的正直に語っている点は認められよう。創樹
社版全集発刊後はネグレクトしていた日出山陽子の功績につい
ても、殊勝に記している。
 十年年以上前に、わたしが脚本を担当した映画『第七官界彷
― 尾崎翠を探して 』の製作をめぐって、裏面で卑劣な画策をし
たことは、浜野佐知監督が何度も糾弾しているが、 わたしはわ
たしで筑摩書房版 『定本全集 』 の「解説」における妄想と捏造
を、HPやブログ、二度の映画のパンフレットなどで繰り返し指
摘してきた。
 尾崎翠作品の理解者とはとうてい言えない、評伝作者の稲垣
が、いまだに尾崎翠の発掘者、権威ある解説者のような顔をし
て、のうのうとしているのだから 、 わが身の非力を思い知らさ
れる。高原英理をもじって言えば「押しの強い」 見せ掛けの権
威に従順で盲従する文学や出版の関係者も多く、ピンク映画や
薔薇族映画の監督 ( わたしのことです) の言うことになど耳を
傾けない。

 稲垣相手のわたしの勝手な十年戦争は、ひとまずおいて、創
樹社版全集の月報に寄せられた種村季弘、金井美恵子のエッ
セイや、「恋びとなるもの」高橋丈雄や、甥の小林喬樹、妹の早
川薫の回想、また同全集の付録として付いていた花田清輝、林
芙美子 、 山田稔のエッセイや評論を 、重複を恐れず、そっくり
そのまま収録しているのも(林の引用箇所は 、 今回がそうとう
長い)古手の読者には既視感があるが 、月報付きの同全集が
入手しがたい現在、新しい読者には貴重なプレゼントだろう。
 また、本フォーラムの報告集から全集未収録エッセイ三本を
収録しているように、ある意味、総集編的な要素の色濃い本書
だが、「尾崎翠著書目録および解題」の冒頭で、木村カナが次
のように記している。
 「尾崎翠という作家が、後半生の長い沈黙ゆえに忘れ去られ
てしまうことなく  、 今もなお多くの読者を獲得し続けているの
は、 彼女の作品に魅了された読者たちが 、 彼女の本を作り、
新たな読者に手渡そうと努力してきたからである。一九七一年、
七十四歳で尾崎翠が死去する前後から、過去の雑誌の集積の
中に埋もれている彼女の作品を発掘する作業が開始され 、そ
れは現在も続けられている」
 この美しい思いと言葉は、同時に本書全体のモティーフも物
語っているようだ。蘚の生えた読者としては「彼女の作品を発
掘する作業」は、玉井が伝える六十九年の『現代文学の発見 
黒いユーモア』の編集作業から始まったと言いたいところだが
「過去の雑誌の集積の中に埋もれている」作品の調査発掘は、
確かに薔薇十字社以降であろう。
 なお、木村カナのコラム集『尾崎翠をめぐる12のキーワード」
は、翠の世界を簡潔な切り口で多角的にスケッチし、新しい世
代による新しい世代のための翠文学ガイドとして、読み応えの
あるものだ。

 木村カナを始め、本書には新鮮な書き手も登場しているが、
いずれも女性たちが溌剌として見えるのは、わたしの偏した好
みによるものだろうか。 蜂飼耳の 「革新的なたどたどしさ」 と
いった言葉や、平山亜佐子の戦前の不良少女論、小澤英実
のアラン・ポーとの比較などが、颯爽として印象に残った。
 それに比較して男性作家たちが、どうも煮え切らないのだが、
なかでも千野帽子の一節には笑った。「『第七官界彷徨』 はス
ヰートな小説だけど、夢見心地の人たち向けの甘ったるい小
説ではない。しっかり苦くて、塩味もきいている」。「文藝ガー
リッシュ」とは、はて、グルメ批評みたいなものだったのか。
 これまでに実績のある重量級の論者が不在で、いかにも 「
道の手帖」というネーミングに相応しい、フットワークの軽い仕
上がりとなった 。 無いものねだりはしないが 、エッセイ「影の
男性への追慕」については、雑誌『詩神』の「私の好きな男性
!」というコーナーに求められて書いたことを記した方が親切
だったろう。
 他の女性作家たちは、生身の実在の男性を念頭に書いたが、
尾崎翠だけは一人、スクリーンに映った二次元の男性を中心に
「現身以外のもの」を、フェティッシュに分解して書いた 。わたし
が翠をオタクの先駆と呼ぶ所以である。

 最後にもうひとつ。しつこいようだが、稲垣眞美が高橋丈雄
を「T氏」と匿名にしていること 、 それを編集部が唯々諾々と
容認していることは、どうにも腑に落ちない。高橋は稲垣も書
いているように『改造』の懸賞戯曲で当選するなど歴史上の人
物であり、また本書にも創樹社の月報に寄せた回想が再録さ
れている。
 稲垣が今回、勝手に 「旧友」呼ばわりしている山田稔は 、定
本全集上巻の栞で、この高橋の回想を「半世紀ちかい時をへだ
てて男の側から回想された最後の別れの場面は哀切で、さなが
らチェーホフの短編を思わせる 」 と評価し、紹介している 。 翠
と高橋の関わりは周知の事実なのだが、 本書でわざわざ匿名
にするのは、いかなる魂胆によるものか。
 稲垣が高橋を 「T」 というイニシャルで呼び始めたのは 、創
樹社の全集が発行された翌年の八〇年、やはり創樹社から同
じく野中ユリ装丁で発行されたアンソロジー 『第七官界彷徨』で
の解説が最初だ。
 この宝石箱みたいな本には、稲垣と山田稔の解説が二本並ん
でいるが、当初、山田の解説のみで企画された 。 ところが 、そ
れを知った稲垣が、内容証明を創樹社に送りつけ「自分抜きで
尾崎翠の本を出すことは許せない」と猛抗議 。 やむなく山田の
作品解説と稲垣の評伝の二本立てになった。
  この辺から稲垣による尾崎翠の私物化(これが後に全集の
筑摩書房への強引なトレードという事態につながる)と、翠の人
生の物語化=粉飾・捏造が顕在化する。
 映画の脚本を担当したわたしは、撮影が間近になった九十八
年のはじめ頃に、一度だけ稲垣と面会したが、その際に高橋丈
雄をイニシャルで表記した理由を尋ねた。もし高橋本人から実
名を出さないでほしいという申し入れがあったなら 、 映画にお
いても再考する必要があると思ったのだ 。ところがその答えは
呆れたもので 「名前を出すのに値しない人間だ」 というのであ
る。
 高橋や、翠の親友・松下文子の面貌をあげつらって罵るのに
も驚いたが、しかしすでに歴史に名前の残っている人物、それ
も尾崎翠の断筆の経緯において欠かせない高橋丈雄を、個人
的な好き嫌いで匿名にしてしまうなんてことが、果たして許され
るのだろうか。
 わたしは数年前に 、たまたま、 高橋が尾崎翠との事件につい
て、米子に住んでいた文学上の旧友に宛てた手紙のコピーを入
手した。また、この手紙によって、高橋が書いた「月光詩篇」とい
う尾崎翠をモデルにした小説があることも判明した。
 この作品の評価は分かれるが、わたしは高橋が同時代におけ
る翠の身近な理解者であったことや 、高橋自身の個人的な倫理
観、誠心は疑えないと考える 。 その高橋が稲垣眞美の恣意によ
って匿名にされ 、 それが本書においても踏襲されたことは 、 ど
う考えても納得できない。蟷螂の斧のごとく非力なわたしではある
が、高橋丈雄に改めて光りを当てる方策はないかと念じている。