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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

           
                   ◆黒澤亜里子さんの講演抄録◆

    『
尾崎翠と少女たちの時空』
          沖縄国際大学教授  黒澤亜里子

1、<少女> の誕生/発見

 きょうの「少女たちの時空」では、とりあえず非常に不思議な少女と
いうような尾崎翠の典型的なイメージを、あえて違うところから考えて
みようと試みる。ですから一口でいえば、きょうの切り口は規範と性で
す。
 まず少女は歴史的につくられたカテゴリーで、近代以前の民俗社会
では存在しなかった。年齢的にその年齢の人がいたとしても、少女と
いう存在はなかったと考えられる。近代社会が異物としての少女を生
み出したんです。身体的にも成熟し、大人でありながら生産に参加し
ない、異物としての少女を。
 少女が発見されたのは明治20年ごろから30年ごろで、「少女小説
」という言葉が初めて出てきたのは明治28(1895)年の博文館の『
少年世界』のあたりじゃないか。昔は女子も男子も「少年」というふう
にいってましたので、「少女」という新しい造語ができたのはこのあた
りではないだろうかということです。
 高等女学校令というのが1899年にできまして、女子の中等教育が
普及していくことになります。こういう女子の中等教育の普及の背景に
はやはり社会構造の変化がすごくあり、日露戦争(1904〜5年)の影
響がものすごく大きかったといわれています。
 そのころ急速に都市に新しい地方出身者が流れ込んでいく。近代
以前には日本人の士農工商の4つの身分のうちのほとんど9割が農
民だったが、そういう人たちがどんどん都市部に流れ込むことによっ
て、いろんな意味で性規範も価値観も変わってくる。1900年から19
35年あたりまで日本人における性規範の解体と再編が行なわれた
という指摘があります。
 性規範の解体と再編は、外国からのセクソロジーという性科学の輸
入があります。それが1875年あたりに処女膜が発見されたなんて話
があって、それ以前は処女というのは家にいる人という意味で、処女
膜は関係ないという話だったのに、日本人がセクソロジーを知ったこ
とによって初めて性体験の有無ということを認識したり、関心を持った
りするようになった。それが俗流のセクソロジーとなって、大正期に大
流行します。
 もう一方、インテリの方です。尾崎翠が東京に出ていくとき、どんな
時代背景だったのか。1914(大正3)年という時期の前後には、森田
草平と平塚らいてう(翠より10歳ぐらい年上)の心中未遂で有名な塩
原事件(1908年)があり、さらに1911年には雑誌『青鞜』が発刊さ
れ、女の人が性交渉することに対してのものすごい論争が起こります。
それは貞操論争として知られ、鳥取とも縁の深い生田花世さん(生田
春月夫人)も書いています。

2、出郷する少女たち

 尾崎翠は1914年、鳥取高女補習科を卒業して、4月から大岩の尋
常小学校に赴任しますよね。そして網代のお祖母さんの所(僧堂)にい
ながら、約2年半ですが、『文章世界』に投稿を続けます。
 この時代のもので「悲しみの頃」(1916年2月)というのを見ていた
だきたいと思います。教員時代の尾崎翠が海の家でいろいろ思いに
ふけったり、町の家に帰ってきたり、そのあたりの生活が書かれてい
るわけです。このなかに「ジャンヌの一生涯に心を浸したのはその時
である」とありますが、ジャンヌのことを考えると非常に自分は憂欝に
なるんだと。
 いつまでもこの本を膝に置いたままぼんやりとしていると、お母さん
が菓子を持って部屋に入ってくる。ただひとこと、「私は悲しうなった」
といって泣くんですね。そしたら、お母さんが「そんな物は読まん方が
好えのになあ」というふうにいって出ていく。ジャンヌというのはおそら
くモーパッサンの「女の一生」ではないかと思っています。
 モーパッサンの「女の一生」という作品は、女主人公が結婚にも破
れ、そして夫や子供の裏切りにあって、ただただ惨めななかに老いて
ゆく。つまり女の悲しみみたいなものを書いたもので、女というのは不
幸な生きものだなあとか、割りに合わないものだなあとか、お母さんに
対する哀れみと同情みたいなものがあります。
 明治・大正生まれの母たちが、さらにその母たちを見る目というの
は、女に生まれてこなければよかったなあとしみじみと思うような悲し
いものだった。そういう意味で尾崎翠がジャンヌの生涯というものを思
い馳せて、女の人生というものがいかに悲しいものかと考えていたこ
とを想像できるんですね。
 もう一つ、同じ年にですが、『文章世界』という雑誌に「海ゆく心」が
載っています。時間は「悲しみの頃」が秋だとすれば、この「海ゆく心
」は冬のころに書かれています。ここに出てくる「人形の家」は、人形
のように家庭の中で可愛く飼われていた女主人公のノラが家を捨て
て出ていくという物語ですし、エレエナはツルゲーネフの「その前夜」
に出てきます。
 松井須磨子の文芸協会の初演で「ゴンドラの歌」として有名な、いま
カラオケに入っている非常に人口に膾炙した歌です。ロシアの中流貴
族のお母さんを持つ女主人公エレエナは、没落する貴族の中にあって
自分が生まれてきたからには何か大きな目的のために生きたいという
思いを抱いている。やがて祖国ブルガリアの解放運動に挺身している
青年に恋をして、その青年とともに働くんですが、青年が先に死んだ後、
その志を受け継いで看護師になって革命運動を闘っていくというような
話ですね。
 わずか19歳の少女が地方の代用教員をしながら、何か大きなこと
をしたい、何かもっと高い目的に到達したいと思ったとしても、果たし
て自分に何ができるんだろうかという思いを抱くというのはとてもよくわ
かる心の動きですね。こういうかたちで尾崎翠は心をたゆたわせなが
ら、テーマの海岸を歩いてゆくということです。
 こういう時期は尾崎翠のみならず日本の津々浦々で、同じような思
いを抱く少女たちが現われているわけです。尾崎翠が東京に出て行く
ころ、たくさんの少女たちが東京に出ることを憧れて思いを抱いていた。
そういう人たちの1人として童謡詩人・金子みすゞがいますよね。この
人は近年すごい人気が出てきまして、同じ山陰が生んだ尾崎翠のライ
バルじゃないですか。
 尾崎翠が1917年だとすると、『文章世界』のライバルの吉屋信子が
1年早く上京しています。樋口一葉はだいぶ世代が上なんですけど、
尾崎翠が好きな最も期待する作家としてアンケートに答えている素木
しづのほか、中條(宮本)百合子、吉屋信子、宇野千代らが相次いで
上京しデビューしています。
 下の世代として森茉莉、金子みすゞ、大田洋子、林芙美子、佐多稲
子、円地文子、平林たい子らがいます。尾崎翠の10歳くらい上が平
塚らいてう、その間に岡本かの子がいます。

3、新資料「雪の上」の紹介

 ここで、新資料についてご紹介したいと思います。『少女世界』の第
17巻2号というもので、「雪の上」という作品ですが、それは山陰の自
然が背景になっているんではないかなと思えるものです。大体のあら
すじとコピーですが、紹介したいと思います。
 これは父を亡くしたお母さんと少女が、町のお医者さん一家の家に
住み込みの女中さんとして働きに出る。郷里の方は海に近い村であ
る。二人で一生懸命に働いて、数か月たって大変信心深いお母さん
と一緒に。そのお母さんと二人が濡れ衣を着せられます。お嬢さんの
指輪がなくなったと。
 これを何ともしがたいということになった時に、お母さんはこの少女
を抱いて雪の中を海岸沿いに歩いて行くんですが、激しい吹雪の中で
命を落としてしまう。少女だけが残るという話で、先ほどのエレエナとジ
ャンヌもそうですが、お母さんというものはほんとに可哀相だなあ、子
供をかばったり、いろんな悲しみを背負っているんだなあというような
感じが伝わってくる。
そういうお母さんに対する思いがメーンになったような文章でした。こ
れを確認したので、私もまとまって解説できませんが、とりあえずこの
ようなものだということでいいでしょうか。

4、「こほろぎ嬢/女書生」という生存の様式

 尾崎翠が上京したあとの生活、女書生としてのあり方を見ていくと、
「こほろぎ嬢」は一つの女書生といっていいと思う。みんなの冷たい目
を身体に受けて東京に出てきても、そこには新たな障害が待ち受け
ています。
 尾崎翠は「あまりパン!パン!パン!て騒ぎたかないんです」(「こ
ほろぎ嬢」)といっています。自分は本当は枯れかかったコケなんだけ
あまり騒ぎたくないんだ、貧乏なことがどれほど大変だったかなと思い
ます。
 とりあえず、彼女は日本女子大学に通います。在学中は仕送りがあ
ったでしょうし、退学後は寮で同じ部屋だった松下文子さんという方の
家に同居します。2人だけで暮らしたことも約1年間ありますけれど、こ
ういうパトロン、心身とも助けてくれる人がいることは助かりますよね。
 本当にもう失地が凍るような孤独というのは松下が去った後だっただ
ろうなあと思います。そのころからミグレニンを飲むようになっただろう
し、耳鳴りがするようになるだろうし、ほんとにお金にも困るということ
ですね。
 彼女は「こほろぎ嬢」の中の最後の方に「霞を吸って人のいのちをつ
なぐ方法。私は年中それを願っています」というふうに書いていますけ
ど、幻覚があって小説自体あまり書かなくなっていますね。ほんとにど
うやって生きていたか、こわいくらい。お母さんに電報を打つようなこと
も書いてはありますけど、こういう貧乏な中で枯れかかって生きていた。
 これがパンの問題だとすれば、もう一つ性の問題があります。尾崎
翠はほとんど人間関係が希薄で、松下文子とか板垣直子とか、友達は
いたでしょうが、あまり恋愛とかの匂いはしませんよね。
 ジェンダーについて考えてみたいと思います。「こほろぎ嬢」の有名な
部分、こほろぎ嬢が図書館の地下室で産婆学の暗記者に話かけます。
「この秋ごろには、あなたはもう一人の産婆さんになっていらっしゃいま
すように。そして暁けがたのこほろぎを踏んで、あなたの開業は毎朝繁
盛しますように」。
 「暁けがたのこほろぎを踏んで」って、なぜ踏む必要があるんです?
つまり、自分が何の役にも立たない、母性役割もしなければ生産的役
割もしない。ただ薬を飲んで、わけのわからない架空の物語を追い求
めたり、恋人を袖にするような自分。
 私は母性役割とか、女性に与えられた生産性、そういうものに対する
違和感、声高にはいわないけど、その裏返した違和感がこのように表
れていると感じました。
 尾崎翠の「山村氏の鼻」にいきたいと思います。お春さんという女の人
が出てくるんですけど、この山村氏というのは絶世の美男というか、ロー
マ風の高い鼻を持った人だ。しかも美しい容貌で、しかも嗅覚が特に発
達している。
 ここで私が感じるのは、山村氏が非常に女性の値踏みというか、女性
の品定めについて自信があるということですね。相手を性的な身体とし
て「いい女だ」とか、「あいつは林檎の香がする」というふうに、尾崎翠は
下品にならないで品格のある書き方をしていますけど、ふつうの居酒屋
で小父さんがどうだこうだみたいなことはいっていますよね。
 みんながお春さんをほめているんだけど、お春さんは全然山村氏に
見向きもしないんですね。すると山村氏は「あいつは鮒だよ。人魚じゃ
ないよ」といって、ほかの男とどっかへ行ちゃったんだよというようなこ
とをいってますけど、実はそれは想像にすぎなかっんですね。要するに、
自分のプライドを傷つけたくなかった山村氏は、そういう話をでっちあげ
ているにすぎないわけです。
 そういう山村氏を見事に引っ繰り返すのが、お兼ちゃんというシンデレ
ラみたいに一族の中で女中扱いされている人なんですね。この子が、こ
の家のお嬢さんが好きな山村氏の接吻を盗もうとして、お嬢さんの香水
をつけて風呂場に隠れていて、その匂いにだまされて山村氏がキスをし
てしまう。
 ところが、お兼ちゃんは山村氏がものすごく口の臭い人で、口臭衛生
の悪い人だということがわかってしまうんですよ。というのは、いつも仁丹
をかんでいたために、山村氏自身は自分が悪臭の元だったのに、ほか
の女の人のことをさんざんいってたわけです。
 これはあえていうならば、性的な身体をいつも二分されてたものが値
踏みされるという逆転の瞬間で、どんな弱いものでも強いものに勝てる
という身体的行為なんですね。「山村氏の鼻」はまさにこういう行動なん
です。山村氏は面目丸つぶれじゃないですか。自分がこんなふうに女の
子の側にやり返されることは、尾崎翠って辛辣じゃないかと思いますよ。
 尾崎翠がそういう辛辣さもあり、ジェンダー、セクシュアリティへの違和
感もあり、彼女流にいうならば対極の女だったり、はみ出し者だったり、
「アップルパイの午後」でいうなら変態感覚を持っている。
 パンの問題、生活の問題もさることながら、松下が去った後、零下何
度みたいな極限的な孤独の中で、次々に彼女が代表作を生み出した。
孤独という生身の人間ではたえられそうにない中を生きていくわけだけ
ど、それが作品の場面になっていくということが、尾崎翠にとっては不可
欠の成立要素なのかなあと思うんですね。

5、境界領域としての「第七官界」

 松下が去った2年後には「第七官界彷徨」が書かれ、そして「途上に
て」「歩行」「こほろぎ嬢」というふうに新しい作品が屋根裏で書いたとい
うことになるわけです。
 ちょうど松下が去った次の年のアンケートで、読売新聞紙上に「あなた
が一番ほしいものは何ですか」という問いに尾崎翠が「恋愛」と答えてい
るのがあります。1929年のことです。尾崎翠は恋愛がほしいといった。
一体何を、どういうものを恋愛と考え、どう望んでいたのか。それは興味
があります。
 「途上にて」にいきます。劇中劇ではないけれど、物語の中に砂漠で
枯死してしまう少年が出てきます。これが一種の遠くの失恋者のラブレ
ターというべき全体の構造ではないかと受け取るですけど、少年の話で
すね。「娘は、なぜか男に嫉妬を感じたのです」というんですね。娘は少
年に恋をするんだけど、少年はまだ成長しきらないところがあります。
 嫉妬というのは、男が一人いて、女が二人いて、女Aが女Bに嫉妬す
るわけですね。ところがこの場合は、女が男に嫉妬している構造なんで
す。私が思うには、尾崎翠が考えるエロティシズムというのは一種心臓
で考えるというような、頭で考える男の人ではわからぬよといっています
ね。
 理屈っぽいエロティシズムなんかあるものか、そんなわけないだろう
みたいな問答があります。彼女はここでエロティシズムを描いていると
思いました。ここの少年というのは、少年でなくともかまわないと私は思
います。
 この時期は男装の麗人とか、タカラヅカとか、モダンガール、モダンボ
ーイ以外にもいろんなかたちで現代セクシュアリティの変装を探険でき
ますので、ナジモヴァの映画を松下と二人で観た帰りのことを思い出し
ながら歩いているとも考えられます。
  「木犀」の中では、牛に似た男のプロポーズを受けますが、牛という
のは気はやさしいし安心できるんだけど、心ときめかない感じですよね。
だけど寂しい。「途上にて」に出てくる男の人は、男のくびまきでも女のく
びまきでもいいような感じなので、彼女は「くびまきをあげるよ」といいま
す。一つの親愛表現ですね。すると拒絶しますよね。やっぱり、ずれるん
ですよね。
 私がいいたいのは、彼女はほんとに押しの強くない小さな声の詩人な
んだけど、それをものすごく拡声器並みに丁寧に拡大してみると、彼女
は相当辛辣であることが一つ。二つ目は、彼女は明らかに同時代のジ
ェンダー強制母性システムに違和感を持つ存在であったこと。この二つ
を強調したいんですよ。
 尾崎翠がやりたかったこと、それは変な女の子はどこにいるかという
ことです。彼女は「こほろぎ嬢」の中でもいってますけど、文学史から抹
殺された人々がいる、それは考える葦のグループであり、黄色い神経
派であり、コカイン後期派であり、オスカー・ワイルドのようなゲイである。
 ウィリアム・シャープ氏は折りにふれて女に化けこんで、世の人をまど
わしましたね。そういうような古典的なジェンダー役割でない、彼女自身
が生き延びるいろんな方法を作品の中に描いているんではないかなと。
 「第七官界彷徨」は、枯れかかった非社交的な尾崎翠が、自ら変な女
の子として生き延びることができる唯一の場所。どこにもないけど、ある
場所として書いた。そういうテキストを構築した。そのテキストを自ら語る
ことによって、あいよるバランスを生き延びた。
 この世界にいるとき、ある種の新治癒、この癒しという言葉は大嫌い
なんですけど、何かそういう世界を生き延びるためのテキストであると。
それをユーモア、笑うことによって耐えることができたと。こんな尾崎翠
の世界は、現実の世界ではありえないので、彼女は精神的バランスを
崩してしまったので、その女の子は第七官界という世界の中でさまよっ
ているんじゃないかと思います。
                   
 (記録・山本薫里/抄録・土井淑平)

※講演の詳細は『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2006報告集』(12月刊行予
定)に収録します。報告集の問合せと注文は以下まで。

      manager@osaki-midori.gr.jp