◆「日の下に新たならざるものなし」◆
○・・・異常な猛暑も終わりに近づき、やっと秋の気配を感じる季節とな
りました。これは必ずしも猛暑のせいではなく、わたし(たち)の作業の
進行の遅によるものですが、ことしの第6回『尾崎翠フォーラム・in・鳥
取2006』の記録の抄録を遅ればせにお届けします。このホームページ
による抄録の報告と並行して、より詳しいフォーラム報告集の編集の
作業にも入っています。
○・・・尾崎翠の出生地である岩美町岩井の西法寺の住職・山名法道
さんの「尾崎翠と仏教哲学」は、なにぶん仏教哲学の唯識思想にから
んだ専門的な講和だっただけに、かなり難解との印象を持たれたので
はないでしょうか。だが、今回講演のテープお起しをしながら抄録にま
とめてみると、新たな視点からの翠作品へのアプローチであることが
より身近に実感できたように思われました。つまり、尾崎翠の第七官界
の世界は、彼女が影響を受けたと思われる次兄の尾崎哲郎や叔父の
山名澄水を経由した、唯識思想に関連するとの視点の提示です。
○・・・翠の少女小説の発掘と編集に貢献された沖縄国際大学教授の
黒澤亜里子さんの講演は、<少女>なるものの誕生と発見をその時代
的な背景から説き起こし、同時代の金子みすゞの作品にも関連させな
がら、出郷する少女たちの姿と心理を追い、「こほろぎ嬢」に象徴され
る女書生という生存の様式を取り上げたあと、いたって押しの強くない
詩人たる尾崎翠の作品に秘められた、辛辣な批評精神と強制母性シ
ステムへの違和感を強調するものでした。この講演の準備作業のなか
で黒澤さんが発見し、さきの講演で紹介した全集未収録の尾崎翠の少
女小説「雪の上」は、フォーラムへの大きなプレゼントでもありましたが、
ことしのフォーラム報告集にその全文を掲載しますのでご期待下さい。
○・・・ところで、ことしは浜野佐知監督が新作映画『こほろぎ嬢』を製作
・編集をしている最中の記念すべきフォーラムとあって、その監督ご自
身に登場願い、「新作映画『こほろぎ嬢』を語る」のトークで、さわりのシ
ーンのビデオを上映しながら、自作の紹介をしていただきました。いつ
ものことのように、そのトークからは『こほろぎ嬢』に寄せる監督の想い
と情熱が伝わってきました。監督は『こほろぎ嬢』にとどまらず、早くも
「尾崎翠第3弾」に意欲を見せ、「これは誰にも渡せない。この私の手
でもう一度、尾崎翠作品を映画化する!」との壮大な決意をも語ってい
ます。はやる心を押えて、まずは10月の『こほろぎ嬢』の鳥取先行特
別ロードショーで、この新作映画を観に行きましょう。
○・・・現在編集中のフォーラム報告集では、ことしの講演やトークの記
録に加えて、フォーラムに参加していただいた研究者の方々の貴重な
ご寄稿も掲載する予定です。これらのご寄稿を読んでいただければ、
尾崎翠の研究や資料の発掘がひとときも停止せず、実は新たな発掘
と発見が日々ひそかにに進められていることを、誰しも実感できるので
はないかと思います。ことしのフォーラムでの発掘や発見もそうですが、
「日の下に新たならざるものなし」です。
(土井淑平記、9月11日)
◆第6回フォーラムに寄せて◆
○・・・尾崎翠フォーラムの今年のプログラムと内容のほぼ全容
を掲載しました。フォーラムは浜野佐知監督の『第七官界彷徨
―尾崎翠を探して』の製作・上映をきっかけに立ち上げたもの
ですが、その浜野監督が尾崎翠第2作『こほろぎ嬢』の製作に
取り組む最中に、今年のフォーラムを開催するのも喜ばしく奇
しき縁と言わざるを得ません。
○・・・今年のメインゲストは沖縄国際大学教授の黒澤亜里子さ
んで、「尾崎翠と少女たちの時空」というタイトルで講演していた
だきます。黒澤さんは筑摩書房版『定本
尾崎翠全集』(下巻)で
尾崎翠の少女小説の編集・解説を担当し、「第七官界彷徨」の
原型的なモチーフを少女小説の一篇に見出すなど、その他の
翠論考も含めて数々の貴重な考察を示しておられるだけに、い
まから講演への期待が膨らみます。
○・・・もう一つの講演は尾崎翠のいとこの子に当たる西法寺住
職の山名法道さんの「尾崎翠と仏教哲学」です。西法寺は尾崎
翠の出生地に当たり、明治4年建立の本堂の大修復工事が昨
年終わって、翠生誕の一室が復元されたばかり。この身近なご
親族の僧職から、第七官界は仏教哲学の根本教義の唯識思
想に由来する、との持論をうかがう得難い機会です。
○・・・「アップルパイの午後」はパロディの手法で、いわゆる女
らしさというジェンダーの神話と家父長制をからかい、フェミニ
ズム批評の先駆けをなした尾崎翠の傑作の戯曲です。これを
鳥取演劇集団の松本健一さんの演出とト書、NHK鳥取放送局
のアナウンサー塩澤大輔さん、劇団「ぽーぶる」の加藤裕美さ
ん、鳥取大生の引田幹康さんの出演で上演します。フォーラム
の新しい試みとして注目して下さい。
○・・・さて、浜野監督の新作映画『こほろぎ嬢』は、かねてから
監督が映画化の情熱を密かに燃やしていた作品であり、シナ
リオを担当するのが尾崎翠の卓越した読み手である山崎邦紀
さんだけに、2人の情熱と技量をかけた作品になるだろうと期
待せざるを得ません。当時もいまも先端をいく尾崎翠の作品
が、翠自身の熱愛した映画という媒体によってどのように表
現されるか楽しみです。
(3月30日、土井淑平記)