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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

           
                 山名法道さんの講演抄録

      『
尾崎翠と仏教哲学
             西法寺住職  山名法道

 

1、尾崎翠と唯識思想

 尾崎翠は深層心理という点については、いろんな方からその作品には
深い世界がある、そのあたりが尾崎文学の魅力の一つである、とよく言わ
れております。普遍的な世界、斬新な世界、そのことについていろいろな
方面から論及されるではないか。
 たとえば、きょう簡単にお話します唯識、それから東大寺は華厳経学の
総本山ですけど華厳経学、そういった仏教哲学の双壁が唯識であり華厳
経学である。今後、いよいよ仏教哲学の非常に困難なところを乗り越えて
研究される方々が出てこられて、尾崎文学の本当の真価を研究されるこ
とを望んでいるところであります。
 私が小学校の時代、尾崎翠はおじさんとかおじいさんとか、そういうよ
な方々の法要の度ごとに、岩井の西法寺(浄土真宗の本願寺派)に親族
の佐々木てるさん(翠の母の妹)とたびたび来られました。
 いまから思えば、尾崎翠さんに「あんたの作品には仏教とのつながりが
あるようだけど・・・」というようなことを聞いてもらっておけば、私の話もよく
分かるんでしょうけど、いまお浄土から「西法寺の院家、きょうはお前はま
だまだ勉強不足だよ。皆さんの前に立って話ができるには、あとあんたは
11年かかる」と言っておられるような気がします。
 この11年というのは、唯識の勉強には11年かかる(という意味です)。
お釈迦様の教理の細かい分析を倶舎と言いますが、その倶舎論を書い
たのは世親というインドの有名な僧侶です。倶舎を勉強するのに最低8
年はかかる、それが分かれば自ずから唯識は3年で理解できる。唯識を
自分のものにするには11年間という長い期間が必要と言われています。
 いまでも倶舎とか唯識の勉学をしておられる若い方が多くなっていると
聞きます。尾崎翠からのご縁がそういう方向に進んでいただければ、有
難いことだなあと思います。

2、唯識思想と第七官界

 資料を見て下さい。六処、六根、六識、五官、第一能変から第三能変と
出てきますが、唯識では人間の心は八識の構造によっていると説かれま
す。第一識から第五識までを前五識と言います。もう一識、第六識を加え
ると前六識と言います。
 尾崎作品には臭覚という要素が非常に強く入ってくると言われて有名で
す。第一識から第六識まで表層心理と言われ、心の表面に現われてくる
ものです。ところが、第七識(未那識=まなしき)、第八識(阿頼耶識=あ
らやしき)は深層心理と言って、心の深い所を表わしている。
 唯識思想では、人間の心を表層心理(第一識から第六識まで)」と深層
心理(第七識と第八識)を、重層の心としてとらえていることが大変大きな
特徴であります。
 『第七官界彷徨』を読みますと、「第七官」というものの定義がそこに描
かれています。「こんな広々とした霧のかかつた心理界が第七官の世界
といふものではないであらうか」「第七官といふのは、二つ以上の感覚が
かさなつてよびおこすこの哀感ではないか」とか、さらに「第七官といふの
は、いま私の感じてゐるこの心理ではないであらうか。私は仰向いて空を
ながめてゐるのに、私の心理は俯向いて井戸をのぞいてゐる感じなのだ
」と。
 この分裂心理について、「二心理は常に抗争する」とし、その二心理と
して「第一心理」と「第二心理」を挙げています。それは唯識の第一識か
ら第六識までの表層心理、第七識と第八識の深層心理という心の働き
に当たります。
 唯識では表層から深層へという心の動きと、それからもう一つ逆に、阿
羅耶識という深層から第一識までの表層へという、そういった心の動きと
いうか働きがあることが、これまた大きな特徴であります。
 能変というのを挙げています。唯識説では深層の阿羅耶識の第一能変
である種子(経験)が未那識に働き、また未那識の第二能変が第六識か
ら第一識までの第三能変へ働き、心の表面へと顕現(現行)すると言いま
す。これは心が深層から表層へと働くことを意味しています。
 唯識思想は大乗仏教の心理学である、とくに大乗仏教の深層心理学で
ある、という説明がされますが、この唯識思想は分析心理とか精神分析
の心理についても解いているのではなかろうか、という見方をする学者も
出てきました。
 最後に、尾崎翠の思想的な背景には2人の人がいます。1人は兄さん
の尾崎哲郎、もう1人は叔父の山名澄水です。尾崎哲郎はこの近くの職
人町の養源寺の住職として、尾崎家から山名家に養子として入っています。
その哲郎は唯識についても非常に熱心な研究家であって、それを華厳経
学にまで進めています。それから、山名澄水は私の祖父に当たり、倶舎と
か唯識については『顕真理篇』という書物を残しております。
 最近、哲郎の論文が発見されました。こういうようなものがまただんだ
んと研究されていけば、また新しい動きが出てくるようにも思われます。
                            
  (記録・土井淑平)

※講演の詳細は『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2006報告集』(12月刊行予
定)に収録します。報告集の問合せと注文は以下まで。