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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

 

    ◆佐々木孝文さん講演抄録◆

       『尾崎翠と鳥取人脈』


            佐々木孝文

             講演する佐々木孝文さん

 

 私は文芸評論を専門とする研究者ではない。個人的に尾崎翠の作品そのものに惹きつけられてはいるが、それでも、作品内部のことを、専門的に語る術は持ち合わせていない。では、歴史社会学者としての私は、何を語ることができるだろうか、というのが、翠フォーラムに関わりをもちはじめた当初からの私の問題意識であった。
 翠を通じて見ることのできる社会の位相、それを具体的にイメージすることがなかなかできず、考証的なことにやや時間を費やしてゆくうち、私は地元に残された数少ない翠の原稿「微笑花世」に出会った。これは、帰郷してほとんど東京の文学シーンから身を引いたのちに書かれたもので、生田花世という友人の作家に宛てた返信のようなエッセイである。
 ここには、翠の花世に対する親愛の念が溢れていた。この生田花世が、『青鞜』以来の女性作家であり、翠が活躍した雑誌『女人芸術』の編集にも関わっていたことまでは、割にすぐに判明した。また、米子出身の詩人・生田春月の妻であったことも。

  鳥取人脈をつなぐ橋浦泰雄

 この時点で私は、昭和5年に鳥取で開催された講演会のことにまでは思い至っていた。橋浦泰雄・秋田雨雀と尾崎翠が講師を務めたこの講演会に、生田春月も講師として招かれていたこと。そして、春月がその直前に瀬戸内海に身投げして自殺していたことまでは。
 私は翠と春月の間に個人的なつながりがあったであろうという予測をたてたが、それ以上どうやってこの問題にアプローチして良いのか、また、その結果何が分かるのかという検討がつかなかった。そのため、長らくこの問題についての追求が滞ってしまったのである。
 この問題に突破口を示してくれたのは、鶴見太郎氏であった。鶴見太郎氏は、膨大な量の橋浦泰雄資料を整理し、その成果を『橋浦泰雄伝』としてまとめられた。この書によって、岩美町出身の民俗学者にして画家・橋浦泰雄の活動の全貌とその特色が明らかにされたわけだが、翠と春月をめぐる問題についても、重要な示唆が含まれていた。
 先に紹介した講演会の顛末に橋浦泰雄の側から光が当たり、書簡などから「翠が春月の自殺を予見し、橋浦泰雄に注意を促していること」が明確になったからである。この書簡についてはすでに石原深予氏が紹介しているので詳細は割愛するが、私にとっては一つのブレイクポイントであった。
 橋浦泰雄という人物を追いかけることで鳥取人脈の形態が明らかになり、東京での翠の立ち位置や生田春月との関係、ひいては翠をめぐるモダニズム時代の文壇状況に至る筋道が見えてくるのではないか、という考えに至ったのである。
 未消化のままだったが、それを最初にまとめたのが『ファイ』(2001年6月 臨時増刊)の尾崎翠特集号への寄稿であった。その後、展覧会の調査などを通じて副次的にこの問題についての資料を見る機会に恵まれ、研究の方向性についてはある程度の確信を得るに至った。

 大正・昭和初期の文化・社会状況

 翠の活動した大正・昭和初期にかけて、東京には下記のような状況が存在していたからである。

1,有島武郎周辺にあった初心会(橋浦泰雄・野村愛正らが中心)や、西部出身の生田長江を中心とするもの等、鳥取県人で構成される複数の文化人グループが存在していた。
2,上記に加え、橋浦泰雄の弟・時雄等、社会主義運動に深く関わる人々もあった。
3,これらのグループは、いわゆる「白樺派」や、少し時代が下るがプロレタリア文学・大衆文学というジャンルの成立に深く関係していた。
4,橋浦泰雄は、上記の動きの全てに関わりをもち、異質な指向をもつ鳥取県人たちを、「ゆるやかなグループ」にまとめる役割を果たした。

 このように状況把握してゆくと、生田春月や尾崎翠のみならず、白井喬二や松岡駒吉、果ては福本和夫といった人々までが、同じ射程に捉えられることが分かってきた。この状況は、明治末年に鳥取で創刊された文芸誌『水脈』のメンバーを核に創出されたものである。尾崎翠も、確実にこの枠からも考えることができる。
 そう見てみると、翠の主な活動の場であった『女人芸術』は『青鞜』の流れを汲む雑誌であるが、その源流には『青鞜』の名付け親である生田長江の存在がある。長江の書生であった春月は『青鞜』に掲載された花世の文章を読んで、一面識もないまま求婚し結婚した。
 春月と翠はともに雑誌『新潮』が売り出しているが、その編集人であった中村武羅夫は北海道に移住した鳥取士族の血をひいており、のちに県人会組織(『因伯芸術家懇話会』)に参加している。春月はアナキズムに傾倒して堺利彦や大杉栄とも交渉を持ったが、彼ら社会主義者は橋浦時雄と親しい人々であった。意図してかせずか、彼らの活動範囲には常に同県人のネットワークが見え隠れするのである。

 鳥取県人グループの存在と影響

 翠の場合、林芙美子との交遊の中で、間接的にそれを確認することができる。『蒼馬を見たり』という林芙美子の処女詩集に対して、尾崎翠が高い評価を与えていたことは、林の随想や翠が『女人芸術』に寄せた熱烈な推薦文から読み取ることができる。
 この詩集は、私家版として南宋書院という書店から刊行されたが、その資金は翠の同居人であった松下文子が提供している(別人の提供の可能性もあるとフォーラムでは指摘したが、日出山陽子氏のご教示により松下文子で正しいとの確証を得た)。
 ところで、この南宋書院の経営者は、橋浦泰雄の後輩で、有島武郎の盟友・足助素一の叢文閣で本づくりを学び、『白樺』の編集にも短期間だが関わった鳥取出身の涌島義博である(余談だがこの頃の涌島の妻は、第2次『水脈』等で活躍し、大阪朝日新聞の懸賞小説に入選したことのある田中古代子であった)。
 涌島も、橋浦泰雄同様、社会運動と文化活動の両面で活躍した人物であり、南宋書院は左翼文献から大衆小説まで、鳥取人の活動範囲を示すような広いラインナップを誇る出版社であった。尾崎翠は涌島・古代子の双方と鳥取時代から交流があったと考えられる。
 あくまで状況からの推察だが、尾崎翠が見いだし、友人に資金を提供してもらい、鳥取人脈の出版社から刊行した、というのが『蒼馬を見たり』刊行の経緯だったと考えられる。
 この詩集がそもそも生田長江のもとに持ち込まれて色よい返事がもらえなかったものであること、林芙美子がハイネの翻訳を通じて生田春月という詩人に注目していたことなどを考え合わせると、より興味深いことである。少なくとも、極端に左傾化する以前の『女人芸術』執筆層は、直接・間接に鳥取県人グループの影響下にあったことを伺わせるといえるだろう。
 春月・花世夫妻と翠が出会いもまた、偶然ではなかった。大正15年に成立した「鳥取無産県人会」を通じて、春月と翠は面識を得たものと思われるが、これは、県人グループの中心的存在であった橋浦泰雄らが中心となって上記のような状態をより目に見える形でまとめようとしたものであった。

 さて、尾崎翠の活動の前提となる状況は上記のようなものであったとして、では翠自身の立ち位置はどのようなものであったのだろうか。また、春月との間で、どのようなやり取りがあり、作品や創作姿勢にどのような影響を受け、また与えたのだろうか。
 関心は尽きないが、これらの問題については、別の機会に考えてみたいと思う。
                              (講演草稿より)

※講演の全文(加筆あり)と資料は『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2005報告集』(12月1日刊行予定)に収録します。報告集の問合せと注文は以下まで。

      manager@osaki-midori.gr.jp