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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

 

                          =講演=

          川崎賢子

    ◆『尾崎翠を読む』◆ 

       ―尾崎翠のいる文学史―

 

 ◇日 時 = 2005年7月9日(土)14:00より
 ◇場 所 = 鳥取県立県民文化会館(第1会議室)

 

     川崎賢子さんの講演に寄せて

                     岩 谷 東 亜


●川崎賢子さんに期待するもの

 今年のフォーラムでは、川崎賢子さんの講演「尾崎翠を読むー尾崎翠のいる文学史」が予定されている。
 川崎さんは昨年「尾崎翠研究の現状と展望ー研究ノート」を『文学』(岩波書店刊)誌上に発表されている。その紹介は「フォーラム通信」第2号で行われている(後掲紹介参照)。ここでは、その中で特に次の箇所が注目される。

 “尾崎翠の文芸思想の水脈を探るこころみにも、まだ手つかずの領域が残る。同時代の言語空間、とりわけモダニズムの表象と言説についての研究の深化に照らして、尾崎翠の位置をはかることも、じゅうぶんになされていない。”

 尾崎翠について関心を持つようになり、あれこれ読んでいくうちに、私は次のような疑問(想定)が浮かんできた。
 1つは、尾崎翠文学の前衛性について、である。前衛性については、鳥取において、山下清三氏が尾崎翠を「前衛文学の花」と表現している。

*山下清三「前衛文学の花 尾崎翠」(『鳥取の文学山脈』1980年、所収)

 この前衛性と、1920年代、30年代という時代との関連である。この大正デモクラシーの時代、日本でモダニズムが開花しようとした時期に、尾崎翠は新しい文学を構想している。尾崎翠の前衛性とこの時代とはどうかかわっているのか。
 もう1つは、表現主義という言葉である。尾崎翠は自然主義を徹底して退けている。尾崎翠にはフロイト心理学の影響がみられ、また、当時、新しい大衆文化の表現として登場してきた映画に強く惹きつけられている。 映画やフロイト心理学が尾崎翠の文学にどのように影響しているのか。それが、「表現主義」という言葉であらわされているように思う。その辺りのことが、文学研究者である川崎賢子さんの講演でくわしく解明されるかも知れない。
 いずれにせよ、近代文学研究者である川崎賢子さんの講演は、岩波ホールでの尾崎翠についての連続講座や上記研究ノートを踏まえて、尾崎翠という人物や作品の理解を格段に深化させるであろう。

●川崎賢子さんの「尾崎翠研究の現状と展望−研究ノ−ト」の紹介

 以下の要約は、研究者ではない、一読者にすぎない私にとって、手に余るものである。しかし、川崎賢子さんのこの論稿(岩波書店刊『文学』、2004年11,12月号所収)は、奥が深く、なぜか、大変魅かれ、興味深いものがある。そこで、私にとって、重要な論点を箇条書きにして紹介することにした。
(1)新世代の読者、日本近代文学者にとって、尾崎翠(1896〜1971)は知らないですませることのできる作家ではなくなっている。――1998年、この年と翌年だけで百本におよぶ文章が書かれた。
(2)2005年2月、渡辺えり子の演劇『花粉の夜に眠る戀−オールドリフレイン』の上演、浜野佐知監督の尾崎翠についての新たな映画化の構想など、尾崎翠は、隣接する諸メディアを巻き込み、より深く、より広く受容されだした。
(3)尾崎翠の文芸思想の水脈を探るこころみにも、まだ手つかずの領域が残る。同時代の言語空間、とりわけモダニズムの表象と言説についての研究の深化に照らして、尾崎翠の位置をはかることも、じゅうぶんになされていない。
(4)リヴィア・モネ(カナダ・モントリオール大学教授)の講演「尾崎翠と1920~1930年代の映画文化」。
 尾崎翠の世界における脱異性愛的傾向は、つとに指摘されている。リヴィア・モネは、大胆にもさらに一歩踏み込んで、映画研究におけるセクシュアリティ/ジェンダー論、レスビアン文化論をふまえ、尾崎翠を分析する。レスビアン文化の一環として語られる尾崎翠論である。リヴィア・モネの講演に触発され、尾崎翠研究の構想は大きく広がる。 
(5)「尾崎翠国際フォーラム in鳥取2004」のように、挑発的かつひらかれた議論が、鳥取を拠点に蓄積され、発信されることをたのもしく想う。
(6)尾崎翠の重要な仕事はたしかに都市空間の文学としてのものだが、モダニズムの意匠にノスタルジアがしみわたる心象風景を特徴としていた。――尾崎翠の帰郷、病、断筆は、文学的悲劇として語りつがれ、翠の神格化にあずかることとなった。このようなロマンティックな作家像から尾崎翠を解放するためには、尾崎翠の文学活動を首都(東京)/郷里(鳥取)といった二項対立に切り離され閉ざされた時空のなかで考察するのではなく、二極のいずれにも収束せずに往還し彷徨した、その過程において考察するべきだろう。

●川崎賢子さんの主要著書と尾崎翠関連論文

(主要著書)『少女日和』(青弓社、1990年)、『蘭の季節』(深夜叢書社、1993年)、『彼等の昭和』(白水社、1995年、サントリー学芸賞受賞)、『宝塚』(講談社、1999年)、『読む女書く女』(白水社、2003年)、『宝塚というユートピア』(岩波新書、2005年)など。『尾崎翠を読む』を岩波書店より近刊の予定。

(尾崎翠関連論文)「日本SFのアルケオロジー」(『SFの本』5号、1984年)、「<少女>的世界の成り立ち―尾崎翠の彷徨」(上記『少女日和』、1990年)、「元気がないときの自画像を読む 尾崎翠」(『思想の科学』、1995年2月)、「小説のたくらみ」(『鳩よ!』、1999年12月)、「レズビアン文化かもしれない」(『ユリイカ』、2004年10月)、「尾崎翠研究の現状と展望―研究ノート」(『文学』11・12月号、2004年11月)など。