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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

           
             澤登 翠 さんの 講演抄録

     『
「サロメ」の魅力 』

                         活動弁士  澤登 翠


1 尾崎翠が「映画漫想」で絶賛したナジモヴァ夫人

 皆さん、こんにちは。
 尾崎翠のこのシンポジウムに今年で3回目を呼んでいただき
まして、今年は翠が大好きな『サロメ』をさせていただけるという
ことで、大変うれしく存じます。
 さて、尾崎翠さんには「映画漫想」といって、『女人芸術』に連
載しております映画の随想がありまして、大変ユニークですね。
チャップリンなど杖と帽子だと言ってるんです。それから『映画
漫想』のなかでアラ・ナジモヴァを絶賛しているんですよね。
 このアラ・ナジモヴァなんですけれども、なんと一九世紀の終
わりごろ一八七九年にロシアで生まれているんですね。ですか
ら、一九世紀の動乱とロシア革命への波が起こってくるあのあ
たりというのが、ちょうど彼女の青春時代ということです。
 非常に演劇に魅せられまして、芸術でもモスクワ芸術座の芝
居の方に行きまして、それで評判を取り、芸術座の一員として
アメリカに行きまして、ほかの人たちは帰ってしまったんですけ
ど、ナジモヴァはアメリカに留まりまして、映画の方に入るんで
すね。
 映画の方に入ったのも、一八七九年の生まれですから、若く
ないわけですね。大体、四〇前くらいになってからですか。当時
としては非常に遅い年齢で入ってるんですけども、一九一八年
くらいからアメリカ映画に出演したそうです。
 ナジモヴァと言いますと、有名なところでは世紀の美男スター
のルドルフ・ヴァレンチノ ― 一九二六年に亡くなったときは世
界であと追い自殺する女性・男性がいたという ― あのヴァレン
チノと共演した『椿姫』が有名ですねえ。
 ナジモヴァの『椿姫』、こちらが一九二一年の作品ですね。そ
して、この二三年の『サロメ』ということで、『椿姫』と『サロメ』
のこの二つで、ナジモヴァが日本でも大変人気が出たんです。
ナジモヴァのそのほかの作品もありますねえ。
 『人形の家』『紅燈祭』などに出演しています。日本で公開さ
れたときは、たとえば可愛らしいリリアン・ギッシュなどは、リリ
アン・ギッシュ嬢と「嬢」がつくんですけれども、ナジモヴァの場
合はアラ・ナジモヴァ夫人、「夫人」という言葉がかぶさるわけ
ですね。
 つまり、非常に円熟した名女優である、うまい、そしてあたりを
払うような、一種独得の銀幕から放つオーラ、存在感といったも
ので別格扱いです。

2 身体のすべてを表現手段としたナジモヴァの舞踊劇

  『椿姫』はもちろん当たりましたが、『サロメ』はさらにさらにナ
ジモヴァの真価を発揮したということで当たったわけです。ナジ
モヴァがどうして人気が出たかと言いますと、やはり舞台できた
えた演技力、また天性のものがあると思うんですけれども、そ
の演技がチャップリンに比較されるほどパントマイム芸がすご
いという。
 きょうこれから『サロメ』をご覧いただくんですけど、指先、足
先、肩、首、視線、髪の毛 ― といっても、きょうこれからの映
画では鬘(かつら)なんですけど ― とにかく俳優というのはつ
くづく身体芸だと思うんです。自分の持っている身体のすべて
細部にいたるまで、最大限その表現手段として使って駆使して、
微妙な感情の表現、言葉にできないような、いわく言い難い霊
妙な感情表現などを自分の身体を使って、実に細やかに巧み
に細緻に表現しているんですね。
 つまり表現力が素晴らしいということ。そのパントマイム芸の
表現力はチャップリンに比較される。むしろそれ以上の評価と
いいますか、ものすごい絶賛が彼女に寄せられているわけなん
です。
 『サロメ』が公開になりましたのは日本では一九二四年、目黒
キネマというところで公開になりました。この頃、弁士徳川夢声
が目黒キネマにいました。『サロメ』は大当たりしたそうです。
 そのときに映画評論家の方々が評論しています。なかに、あ
の喜劇スターの古川緑波(ロッパ)という方が、「『サロメ』のナジ
モヴァは実に素晴らしい。これ以上素晴らしいナジモヴァはない
」「もう舞踊だ、踊りである」とものすごく褒めちぎってるわけです
ね。
 きょうご覧いただきますと、お分かりになる通りに、ダンサー、
踊り、舞踊表現ですから、これ一篇の舞踊劇といっても差し支
えないような、ナジモヴァの実に細やかで、優美で、深い悲しみ
をたたえ、そして、ときに傲慢で誇り高く、また絶望の淵に、とい
うようなありとあらゆる感情、女性表現を踊るように、歌うように、
実に優美な線で表現しております。
 ですから、これ一篇のナジモヴァ演ずる舞踊劇といってもよろ
しいと思いますね。そういうナジモヴァの世界がこれから展開さ
れていくわけなんですけども、『サロメ』というのは一九世紀の終
わりごろに書かれました。イギリスのオスカー・ワイルドの劇『サ
ロメ』、ビアズリーの白と黒のあの鋭利な、非常に悪魔的な、怪
奇なさし絵が有名なんです。

3 ランボヴァの舞台装置とナジモヴァの美意識

 ナジモヴァの『椿姫』という『サロメ』の前の作品でも、舞台装
置を担当しているのはナターシャ・ランボヴァ、そしてこの『サロ
メ』でもナターシャ・ランボヴァが舞台装置を担当しています。ビ
アズリーのあのさし絵、皆様も頭の中に思い浮かべられると思
うんですけど、それとは違ってランボヴァの美意識でつくり上げ
られたその装置、舞台、美術というのが素晴らしいですね。
 これ非常に一つの舞台劇的な設定に立っていて、あんまり前
に言ってしまうと面白くないんですけども、二つのスペース、実は
一つ続きなんですが、それが紗によってこう閉じられていく、そ
の空間の使い方が実にうまい。これはナジモヴァが演出にかか
わってつくったようなものですが、監督さんはいますけどもナジ
モヴァとランボヴァがそのような広い空間を使い分けることを可
能にした。
 それから、『サロメ』の本質的なものなんですけれど、このオス
カー・ワイルドの描いた『サロメ』は非常に悪魔的、怪奇的なんで
すね。このナジモヴァの『サロメ』はまた違う世界なんです。それ
はこれからご覧いただきますけれども、ナジモヴァが違ったもっと
もっと深い哀しみ、存在することの哀しみ、美しく生まれてしまった
ゆえの哀しみ、王族の家に生まれてしまったことの、もっともっと
広く人間の存在そのものが背負ってしまう哀しみを表現していま
す。
 宮廷の腐敗と堕落に対して、預言者ヨハネ(ヨカナーン)が告発
するんですけど、それが彼女の耳にどのように響いてくるのかとい
うことも含め、悪魔的なビアズリーのさし絵と違う世界がここに展
開しています。やはり、美というものに絶対の価値をおくというナ
ジモヴァの、非常に唯美的と言いますか、価値観、美意識という
ものが、ここに現われているという感じがします。
 そして、ヨハネ(ヨカナーン)を演ずるナイジェル・ド・ブリューと
いう俳優さんは、ダクラス・フェアバンクスの『三銃士』や『鉄仮面
』であの実在した宰相リシュリューを演じている人なんですね。痩
せたナイジェル・ド・ブリューのヨカナーンは、きゃしゃなナジモヴ
ァと美学的に合うんですね。ナジモヴァの直線とヨカナーンの直
線が拮抗していて、あとは曲線に彩られていく。

4 ナジモヴァに捧げる尾崎翠のオマージュ

 尾崎翠が絶賛していまして、このあいだもお話させていただい
たんですけど、「ナジモヴァの偉きさは、自然を足蹴にした大きさ
と言っていい、彼女の爪さきにまで行きわたった「お芝居」の巧さ
は、およそ素朴・ありのまま・ナイヴ・生地、そんなものを引っくり
かえし、そんなものを嘲笑したくなるほどの力を持ち、そして、技
巧天国を教える」。
 つまり、生まれっぱなしのような素材自体がいいいというような
ものは、尾崎翠さんはあまり認めない。こういう風に技巧をこらす
というそのあたりですね。「「椿姫」と「サロメ」でいろいろに変った
頭髪の美 ― 鬘の美 ― 鬘の力 ― その強さ。ナジモヴァの境
地はこれだと言っていい。鬘の美。時にはあの体躯に背負いき
れないほど大きい、絢爛な、豪華な鬘(こんな時、ナジモヴァの
からだは、ほそぼそと、消えてしまいそうに、水をはなれた人魚
に、なってしまう)。時にはあの肩を腕を強く、わがままに、誇りだ
かく、嬌漫にする鬘。時には謙虚に、時には暴慢にする鬘。この
鬘の美 ― 技巧の天国。次次と変っていった「サロメ」の鬘は、監
督者のちょっとした興味やなんかで思いつかれたものではないの
だ決してないのだ」と強調しています。
 ナジモヴァの美意識は鬘に現われているということです。「思い
つきや間にあわせはナジモヴァの演技が許さないのだ。「サロメ」
の鬘は、ナジモヴァが全身と全心で、あらゆる抽象名詞を表現で
きる役者だということを教えるのだ」。
 ナジモヴァをこういう風に書いた人は当時の批評家では一人も
いないと思います。尾崎翠だけだと思います。ナジモヴァが「あら
ゆる抽象名詞を表現できる役者だということを教えるのだ」、抽象
名詞を表現できる役者というのはナジモヴァしかいないと思います
けど、そのように称えております。
  「ナジモヴァの体躯の動きには、画面のはじめからおわりまで
を通して、舞踊の美がある。律動の美」という風にもナジモヴァを
称えております。「ナジモヴァのもつ律動は、凝った衣裳をつけ、
大がかりな時代ものだけをやる特権を持っている。かけだしのシ
ナリオ・ライタアのちょっとした出来ごころに宿った、お粗末な、が
さつな世話ものは引っこめた方がいい。なにも真珠をちょっとでも
豚に見せてやることはないのだ。・・・ 「サロメ」と「椿姫」こそナジ
モヴァのほんとの領土なのだ」と言っています。
 「武蔵野館の第三階に、すばらしい技巧天国をくれたらと思う」
とナジモヴァを称賛しております。ちなみに彼女が通ったという武
蔵野館、新宿の三越のところにあると言われる武蔵野館は、一九
二五年七月にこの『サロメ』を上映しております。武蔵野館に夢声
が出演し始めるのは同年九月です。
 これから、その『サロメ』を上映させていただきますけれども、ナ
ジモヴァの細緻な演技とナターシャ・ランボヴァの素敵な舞台装
置をお楽しみ下さい。
 どうもありがとうございました。 
                     (記録/抄録・土井淑平)

※講演の詳細は『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2007報告集』(12月
刊行予定)に収録します。報告集の問合せと注文は以下まで。

       manager@osaki-midori.gr.jp