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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

 

◆リヴィア・モネさん講演抄録◆
 

      サロメという故郷

「映画漫想」におけるナジモヴァ論、変装(クロス・
ドレッシング)のドラマツルギと女性映画文化宣言

        Livia Monnet
        リヴィア・モネ


 『尾崎翠国際フォーラム・in・鳥取2004』が7月10日、鳥取市の県民文化
会館を満席にしてに開かれ、カナダから招いた二人の著名な研究者、リ
ヴィア・モネさん(モントリオール大学教授)とトマス・ラマルさん(マックギ
ル大学教授)の講演、浜野佐知監督と山崎邦紀さんを交えたトークなど
を通して、尾崎翠の作品に国際的な光を当てました。
 なかでも、モネさんの講演「サロメという故郷―『映画漫想』におけるナ
ジモヴァ論、変装(クロス・ドレッシング)のドラマツルギと女性映画文化
宣言」は圧巻で、翠の「映画漫想」という異色のテクストの意味を同時代
の―ひいてはまた、過去から現在までの、文学・映画・演劇・舞踊などの
テクストとの詳細な比較研究によって、見事に浮かび上がらせたもので
した。
 久し振りに新しい翠研究の成果が登場したとの想いですが、講演時間
が限られていたため、十分に展開できなかった問題も多々あり、主催者
としても申し訳ない気持でした。さいわい、モネさん自身がフォーラム後、
講演をもとに書き下ろしの論文を報告集に寄稿されていますので、くわし
くはそちらをご覧下さい。
 以下は講演の抄録です。

尾崎翠が注目したナジモヴァというスター 

     講演するモネさん

 モネさんはまず冒頭で、「映画漫想」のなかから静画(無声映画)への 翠のノスタルジアを取り上げ、「なかでもいちばん大きな故郷は、アラ・ ナジモヴァ夫人のようだ」として、ナジモヴァを「シャンデリア」に喩え、 彼女の「技巧天国」「鬘の美」「律動の美」などを称賛する文章を引用し、 さらに講演のなかでビデオや写真も使いながら、ナジモヴァ=サロメ論の 特質を以下の要旨で展開しました。

 ナジモヴァはユダヤ出身のロシア人で、モスクワの舞台演出家スタニ
スラフスキーの元で近代演劇を学び、アメリカに渡って1910年代に大ス
ターとなっていきます。実生活の上でも自宅で頻繁にパーティを開いたり、
ガルボやディトリッヒの愛人にもなった女性を愛人にするなど、華やかか
つスキャンダラスでしたが、1922年にハリウッドを去ってから2本の映画、
「サロメ」と「人形の家」を自分のプロダクションで作りました。

サロメの文化史とナジモヴァの挑戦 

 ナジモヴァの「サロメ」の元になっているのは、オスカー・ワイルドの「サ
ロメ」という演劇ですが、それは1893年の作品でデカダン演劇の頂点と
当時評価され、その根底にはホモセクシュアルなサブカルチャーの芸術
や美への認識が大変高く、この作品は上演禁止となり、彼も逮捕されて
長い間獄中にいました。ワイルドが投獄されたのは「サロメ」という戯曲
の内容のためより、彼のロード・アルフレッド・ダグラスとの同性愛関係が
原因となりました。
 ナジモヴァの「サロメ」はワイルドの劇作品へのオマージュであるだけで
なく、さらにワイルドの原作の転移を借りて、自分自身の女の性、レズビ
アンの映画人、そして女性芸術家としての想像力や表現力の宣言をして
いたといえるのではないか。もうひとつの特徴は、ハリウッドの映画界で
行われた女性のセクシュアリティへの抑圧や検閲に対する抵抗や反発の
表現である、という風に読めるのではないかと私は思います。
 「サロメ」という映画は、長いサロメの文化史のなかで一つの頂点という
か終点に立つものでした。1910年代から20年代の初めにかけて、「サ
ロマニア」というサロメの踊りを中心とした流行があり、多くの女優は演劇
でも映画でもその役を演じて、サロメという女性が新しい女の欲望や渇望、
新しい女の身体やセクシュアリティ、自我の解放の象徴になったわけです。
つまり、20世紀初めのフェミニズム運動の象徴である新しい女として解読
されたんです。
 もうひとつの意味はここ十数年ほどのフェミニズム側からの映画研究が
明らかにした出来事で、ナジモヴァの映画はレズビアンのサブカルチャー
になっていたんです。彼女自身がレズビアンであることは広く知られてい
たことですけれど、彼女がこの映画で使用していた俳優の大体80%から
90%はゲイでありレズビアンでした。
  サロメを演じるナジモヴァ

 ナジモヴァの映画はデカダンの美術、表現派の美、レズビアン、ホモセクシャルなサブカルチャーの美学の特徴を非常に巧みに表現した映画であった。それを実感していただくのに映画の中心になっているサロメの踊りをちょっと見せたい。
  サロメ役のナジモヴァは42歳で、ヘロデというサロメのお母さんの夫が、継娘に当たるサロメに強い想いを持ち、「おれの前で踊れ」とか言っている。サロメという役に性的魅力がある、エロスが ある。


「映画漫想」のナジモヴァ論と大正時代の「サロメ・
ブーム」


 尾崎翠は表現派映画を大変愛していたので、この映画にある表現派要
素に魅せられたのではないか。同時に、翠はこの映画に含まれていたサ
ロメという性的魅力のあるサロメの文化史、サロメの革命的な像の意味、
つまり新しい女としての、フェミニズムの象徴としての意味を読み取ってい
たのではないか、と私は思うんです。
 日本では明治末期から、つまり1911年ごろから「サロメ」が上演され始
め、大正初期に頂点を迎えます。「サロメ」の映画は1915年に日本でも上
映され、もちろん劇は新劇や新派劇史上で大きな役割を果たしていました。
2人の代表的女優、松井須磨子と川上貞奴がサロメを演じています。
 サロメという役は海外と同じように、新しい女に代表されたフェミニズムの
初期の象徴のように読まれました。翠は1920年代の後半に「サロメ」を観
ましたが、当時の文化的な状況、第一波フェミニズムが支えた女性の自我
の目覚め、身体・セクシュアリティに対しての自覚が翠のなかにあったので
はないか、と私は思うわけです。
 翠は洋画専門の武蔵野館の第3階・第4階で、大変著名な弁士である徳
川夢声が説明した「サロメ」を観たのです。夢声は翠が一番愛していた弁士
なのですが、彼の男性的な声、彼の舞台のドラマツルギを通して、サロメと
いう少女妖婦の性的な魅力やデカダンな芸術の雰囲気を愛するようになっ
た。翠がナジモヴァの技巧天国といったことを書くときに、このような男性弁
士の媒介を通して、レズビアンの女優の世界を読み取っていたのではない
か。
 ですから、翠のナジモヴァ論のなかにハイブリッドな解読があって、その
背景にレズビアン、ホモセクシュアルなサブカルチャーへの深い理解もあ
った、と私は思うわけです。このような当時としては大胆な読み、大胆な理
解を翠は展開していました。
 翠のシナリオ「琉璃玉の耳輪」のなかで、変装・男装・女装・同性愛、つま
り仮装・変身・変装のドラマツルギは鮮やかに描かれている。このような変
装・仮装・隠蔽のドラマツルギは、翠の映画論のなかでも働いている、と私
は思うわけです。

尾崎翠の女性映画文化宣言

 「サロメは鬘だ」「ナジモヴァはシャンデリアだ」。それはサロメの役を演じ
ていたナジモヴァへの大変巧みなオマージュなんですけれど、しかしそれ
だけではなく、このような変わった表現のなかで、翠は前衛的芸術への想
像力を働かせていた。つまり、このようなナジモヴァ論だけでなく、「映画漫
想」すべては前衛的映画論、モダニズム映画論―さまざまな研究者の意
見によりますと、表現主義映画論といってもいいのではないか。
 「映画漫想」に表現されているのは、翠における女性映画文化宣言、フ
ェミニズムの観点からの女性映画文化へのアピール―言い換えれば、こ
のような「サロメ」の背景にあった多くの女性のファンや、レズビアンのファ
ンが支えていた女性の映画芸術への想像力や希望や追慕が働いていた
のではないか。
 翠はさまざまなエッセーや座談会で、女性文芸評論家の仕事が必要と
される、と繰り返しいっています。しかも、女性文学者や女性詩人に対し
て期待したい、と『女人芸術』の座談会でいうわけです。「映画漫想」でナ
ジモヴァ論を通して翠が女性映画文化をアピールしている、これから支
えていこうとしている女性映画文化論を展開したのではないか、と私は思
っている。

 以上がモネさんの講演の抄録ですが、わずか1時間余りの講演時間で
は盛り切れないほどの深い内容が凝縮されていました。時間が足りなか
ったため十分に展開できなかった問題も含めて、モネさん自身が講演を
もとに書き下ろした論文を尾崎翠フォーラム実行委員会の『尾崎翠国際フ
ォーラム・in・鳥取2004報告集』で発表します。ご期待下さい。

                    (記録・山本薫里/要約・土井淑平)

※ 尾崎翠フォーラム実行委員会の『尾崎翠国際フォーラム・in・鳥取2004
報告集』は12月1日刊行予定です。報告集のご注文は以下まで。
         manager@osaki-midori.gr.jp