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今年のフォーラム

Osaki Midori Forum in Tottori

 

◆トマス・ラマルさん講演抄録◆

      映画化された世界
 

1920年代の映画体験と尾崎翠の『映画漫想』
   

       Thomas LAMARRE
          トマス・ラマル



 トマス・ラマルさんの講演は「映画化された世界―1920年代の映画体
験と尾崎翠の『映画漫想』」というタイトルで行われました。
 それは、谷崎潤一郎、江戸川乱歩、尾崎翠のテクストから、映画の登
場が表象を扱う思想と実践の全領域に大きな影響を与え、イメージと観
客の間の区別を解体させただけでなく、映画の経験が劇場を越えて日
常生活にも侵食し、世界を変えていったことを指摘しつつ、尾崎翠の身
体に根ざした新しい世界を読み解こうとする斬新な考察でした。
 ラマルさんは時間が限れれていたため、講演に向けて用意してきた
論文の要点しか報告できず、このためやや聴衆には分かりにくい面が
あったかも知れませんが、今年のフォーラム報告集に掲載するその論
文で全容を把握できますので、ご期待下さい。
 以下は講演の抄録です。

               講演するラマルさん


序 ー映画的あいまいさー

 映画の登場以降、リアリティや現実は従来のものではなくなり、表象や
イメージ、現実的なものの間の関係について異なる仕方で思考しなけれ
ばならばならなくなった。その影響は表象を扱う思想と実践の全領域に
及んだ。尾崎翠は、現実的なものがいかにこの映画的な変容を被るかと
いうことについて、「映画慢想」(1930年)において取り組んでいる。
 尾崎にとって、映画の醍醐味と革新性は、イメージと観客の距離を解
体する能力と、それに由来する映画的な「あいまいさ」にあった。尾崎は、
この、活動写真と観客の間に生じる「あいまいさ」が、経験としてはどこに
もなく、それ故に潜在的には至る所に存在することを洞察し、映画的実
験の基礎とした。
 ものを書くことにおいて、尾崎はこのあいまいな地帯を洗練・拡張し、ひ
とつの世界を作り出すことを可能とする。この思想は、頭脳であるという
よりは身体であるという印象を与えるが、それは、その場においてのみ、
メディアにおける変容に伴う、経験と日常世界における変容を測定するこ
とが可能だからである。
 このような尾崎翠のアプローチを理解するためには、まず日本における
映画の登場に目をむけなければならない。当時映画は一種のニューメデ
ィアとして現われた。

映画の登場 ー知覚から触発=情動へー


 独自の娯楽形態としての映画が現われ始めたのは、1910年代中期か
ら後期にかけてのことであり、その中心となった年は1917年または191
8年(大正6年〜7年)といわれている。
 この時期、芸術としての映画のための論争、固有の原理を持ち他とは違
う独自の娯楽形態としての映画のための論争が登場する。広範囲の人び
とによるそれらの論争は、純粋映画劇運動の名で知られる映画産業・映画
表現の変革運動にも貢献した。
 尾崎においては、映画様式の変革に対する特定の提言よりも、映画が他
の芸術といささか異なるということの指摘の方がより興味深い。純粋映画
運動が映画の独自性を強調したこともあり、1910年代中期から、日本で
も、映画が小説や絵画と行った芸術とは違い、イメージをただ静観するだけ
の関係を容認しないということが多くの評論家たちによって力説されるよう
になった。
 谷崎潤一郎などもその一人であるが、その論じ方はいささか無味乾燥で
抑制されたものにとどまっている。むしろ谷崎の場合、「映画もの」の小説
作品の方に、映画の独自性に対する強い熱意と豊かな想像力が現われて
いる。谷崎潤一郎や、同時代の江戸川乱歩などにとっては、映画の経験と
は知覚に触発=情動が取って代わるような経験であった。
 イメージと観客の間の距離ではなく、むしろその瓦解であり、見るものを
打ちのめす体験であった。ベンヤミンが「身体に対する衝撃」と称したよう
な経験であり、イメージから自分自身を隔てることができなくなってしまうも
のである。これは尾崎翠にとっても同様であり、映画体験とはイメージと観
客の間の区別の解体の経験であった。
 しかし、谷崎や乱歩にとって「観客の死」をもたらすこの経験から、尾崎
はむしろ新たな種類の観察者や観客を思い描く。それはイメージと観客の
間に区別のない地帯で戯れる「漫想家」という観客である。漫想家はイメー
ジとともに動き回り、イメージに身を任せる。映画の経験とは、観客の身体
を感覚的なあいまいさとして、つまり、姿を見せつつある現前、焦点の定ま
らない場として経験することなのである。
 尾崎はこうして、映画鑑賞に内在する緊張について思考するよう促す。漫
想家は、視野を秩序付ける俳優に関係した身振りや部分対象を追いかけ
ることで、常に厳しい統制下にある無声映画の語りから逃走する。漫想家
は非人格的な経験次元を見いだし、この焦点の定まらない映画経験は、映
画から新たな世界を発明するための書き直しを可能とする。

いくつもの新世界

 尾崎は観客の「映画化」という視点から映画経験を思考するよう我々を促
す。映画がどのようにしてイメージと見る者の間の区別についての確固たる
感覚を解体するのかを力説する。映画化された空間で生きたいと望む中で、
尾崎は映画化が劇場の観客に限定されないことに気づく。
 イメージを見る側から隔てる枠組みが壊れてしまうと、映画は劇場を離れ
て日常生活を浸食し、世界を変えてしまう。例えば、「木犀」などにみられる
ように、ここでは、空想と現実の間、映画と日常生活の間を区別する線など
ない。
 映画に対する尾崎の関心は、映画的な経験を思考する新たな方法を導く
に至った。漫想家としての彼女は、谷崎や乱歩と同種の洞察に依拠してい
るが、そこから導きだされる(映画に対する)狂気は、彼らのもの(観客の死
と紙一重の自己の喪失)とは全く異なっている。彼女は読者や観客を変容し、
いくつもの新世界の発見を可能にするような「映画化」を見据えているのであ
る。
 ファンとしての経験はまさに、映画を思考するために必要なものとして尾
崎が提示する条件であった。「映画漫想」において、尾崎はどうすれば映画
の内部で思考できるのかという問いを投げかけている。そもそも思考するこ
とが可能なのか、あるいは観客はイメージの力の虜になってその運動を追
いかけるだけなのか。
 尾崎は「漫想」というスタンスによって、映画と文学についての批判的な思
想が身体から始まらなければならないということを鮮やかに示しているので
ある。身体から批判的な思想を始めること、そうする場合にのみ、我々は世
界の喪失を嘆くのをやめ、この新たな世界に関わる実験を始めることになる
だろう。
                           (記録/要約・佐々木孝文)

※ 講演に向けて用意したラマルさんの論文は『尾崎翠国際フォーラム・in・
鳥取2004報告集』(12月1日刊行予定)に収録します。報告集のご注文は以
下まで。      
         manager@osaki-midori.gr.jp