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第3回『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2003』速報(2)

◆澤登翠さんの講演  『尾崎翠が愛した映画』抄録◆                 

     翠が翠を語る無声映画の漫想

 

弁士に語り物の伝統あり

 映画が日本にやってきたのが1896年、ちょうど尾崎翠が誕生するというようなあたりです。日本では昔から文楽、歌舞伎、浪曲、写し絵など、音曲つきで語りを愛するという伝統があって、映画がやってきたとき、活動写真弁士という映画を説明する人が生まれ、それで私は弁士をしています。私の映画との出会いはテレビを通して。「テレビ名画座」で見た1930年代フランス映画のモノクロームの美しさに感激、古典映画に憧れて弁士松田春翠の弟子になったわけですが、もともと映画が好きということが原点になります。

静画から声画の過渡期に

   尾崎翠の『映画漫想』について語る澤登翠さん

 尾崎翠は1930年の4月から9月くらいまで『女人芸術』に『映画漫想』を連載、ちょうどサイレント映画からトーキーへの過渡期で、サイレント映画を「静画」といってその神秘性と抽象性を非常に愛し、出始めの音の出るトーキーを「声画」といってサイレントの持っていたものを壊してしまうと書いています。けれども音に対して敏感で、女優の声の質感に鋭いものを持ち、画面に全感官を集中して向き合うという一個の感覚的観客になっている姿が浮かんできます。また翠は、各個の感官を通して外界を表現するというドイツの表現主義の映画が好きで、爪の音を鼻で感じるとか、蛮性を耳で感じるといった表現派的な見方をしていて、すごく面白い。

鋭く深く役者を看破

 翠は役者の好みが徹底していて、大好きなのがチャップリンとナジモヴァ。「抽象名詞を表現できる役者だ」とナジモヴァを讃え、北欧の神秘性と威厳で一世を風靡したグレタ・ガルボを「額に野性の美を持ち口に蛮性を持つ」と表現、純情可憐で日本人好みのリリアン・ギッシュは「彼女に幾通りの心理を表情し得るかを思うとき、心が少し寒い」つまり演技の幅がないとズバーといってしまっています。美男スターのヴァレンチノは「正面向いてじっとしてればたくさんだ」、イワン・モジュヒンは「喬木の美」というように素材自体で成り立っている人はあまり評価していません。

杖と帽子に対する愛着

 彼女の場合、さすがだと思うのは「チャアリイは杖と帽子だ」といっているチャップリンに対する見方。『スケート』という作品で、ステッキと帽子が絶妙なタイミングで反応しているのを見ると、杖と帽子は彼のドッペルゲンガー、分身ではないかと思うんです。そういう感じを翠も抱いていたのではないか、チャアリイに対する思い入れと杖と帽子に対する愛着が、私には非常に面白く思われてならないのです。

分身と哀愁がテーマに

 『プラーグの大学生』という映画は、まさに分身をテーマにしています。尾崎翠はドイツ映画が大好きで、1913年制作のこの映画かあるいは1926年の作品を見ていたのではないかと思います。第一次大戦前のプラハの街が映され、何か寓話を見るような感じの質朴ながら後々まで尾を引くようなものを持った映画です。『チャップリンの消防夫』は、小男であるとチャアリイがその小ささを最大限に生かして、ものすごい巨漢を配し、そして常に孤立しているのです。「チャアリイの哀愁」と翠はいっていますが、そこに「彷徨者チャアリイ」を感じ、深い見方をしているのだと思ってしまうんです。

まだまだ私は尾崎翠の世界にもチャアリイの世界にも入口に立っているにすぎないですが、翠が全感官を集中して見ていたように、これから私も映画に向き合って行きたいなと思っている次第です。

                          (記録・山本薫里)

※澤登翠さんの講演の詳細は、尾崎翠フォーラム実行委員会発行の『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2003報告集』(11月末刊予定)に収録します。