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第3回『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2003』速報(3)

◆ 映画『チャップリンの消防夫』 『プラーグの大学生』上映報告◆

       サイレントの新しい魅力

          澤登翠さんのパフォーマンス

哀しい管理ぶり

  尾崎翠の三十三回忌を記念した第2部「映画」は、開催間際になってからチャップリンの著作権問題で『黄金狂時代』のプログラム変更を余儀なくされ、スタッフは関係文書の訂正や参加者への周知徹底などの対応に追われた。作品と作者の権利を保護するうえで、著作権が必要なことは言うまでもない。しかし利潤追求を目的とせず、市民が身銭を切って行う文化運動に対して、上映すれば告訴するというROY社の突然の「警告書」はいかにも問答無用の強権発動―と感じたのは私だけであろうか。
 チャップリンは常に弱者の視点で社会を見詰め、卓越した風刺とユーモア精神で権力に抵抗してきた映像作家である。貧しい庶民、生きとし生ける人間が、哀しみをユーモアにまぶした権力への抵抗精神。弱者にとってユーモアはその時、目に見えぬしなやかな武器となり得たのである。こうして庶民を愛し、庶民に愛されたチャップリンが、このような作品管理を望んでいたであろうか。私には、とてもそうとは思えない。
 そこで実行委員会は活動弁士の澤登翠さんに相談。その結果プログラムを、やはり尾崎翠が愛したチャップリンの短篇と、翠が異常なほどの関心を示したドッペルゲンゲル、つまり人間の分身や変身をテーマにした『プラーグの大学生』に決定した。「災い転じて福となす」の諺通り、ここに「澤登翠選の傑作」がそろい、作家翠と弁士翠という「二人の翠さん」が出会うユニークな企画になったのである。事実「プラーグの大学生なら見たい」と、はるばる北海道や東京から熱心なファンが駆けつけ、当日の上映は予想以上の盛り上がりをみせたのだった。

庶民の夢を代弁

      『チャップリンの消防夫』(マツダ映画社提供)

 『チャップリンの消防夫』は1916年のアメリカ映画。ロンドンで貧困と孤独の少年時代を過したチャップリンが渡米後、たちまちドル箱スターとなり、初めて専用スタジオを与えられて制作した張り切りぶりがうかがえる傑作喜劇の一つである。これら一連の短編を踏まえたのち発表されるのが『黄金狂時代』や『街の灯』である。
 物語は明朗簡潔。三等消防夫のチャーリーは失敗続きで、いつも太っちょの署長に怒鳴られている。食事当番の時も、パン屋の鐘の音と火事とを間違える始末。ある日、チャーリーが恋する娘の父親が、保険金ほしさのあまり自宅に放火した。ところが、3階には娘がいたから大変。身も軽く、決死のチャーリーの救出劇が始まった―。
 普段は冴えない男がハプニングで獅子奮迅の働きをして、一躍ヒーローになり幸せを射止めるストーリーは、日ごろ満たされない庶民の夢を代弁したものであろうか。典型的なスラップ・スティック・コメディー、いわゆるドタバタ喜劇を、パントマイムで鍛えたチャップリンは軽快に、柔軟にこなし、アクションがハートを伝える身体表現となっている。これに拍車をかけたのが澤登翠さんの活弁で、場内は爆笑に次ぐまた爆笑。この世のものとは思えぬ声音も飛び出して、最近特にきな臭い世相のひと時を大いに楽しませてくれたのだった。

分身が語る真実

     
                    『プラーグの大学生』(マツダ映画社提供)

 『プラーグの大学生』は1913年のドイツ映画。尾崎翠にも重要な影響を与えたドイツ表現主義の先駆的作品で、このあとも2度映画化されていることでも特筆すべき位置付けが推察されよう。プラーグとはいまのチェコ・プラハのこと。背景の街並が第1次世界大戦で壊滅される前の姿という意味でも、貴重な映像といわている。
 物語はドイツ特有の怪奇・幻想・神秘に満ちている。貧しい大学生(パウル・ヴェゲナー)が、暴走する馬上の令嬢(リューディア・サルモノヴァ)を助けた。名門の令嬢と対等に付き合うため、大学生は自分の映像を抵当に金貸しから資金をもらう。その瞬間、鏡に映っていた彼の像は魂とともに消え、虚栄の分身がプラーグの街をさ迷うはめになった。しかし奇妙なそぶりから令嬢にも棄てられ、寂しさに耐えかねた大学生は鏡に映る己の分身にピストルを向けるのであった。
 悪魔に魂を売る伝説は、ゲーテの『ファウスト』をはじめ数多く説話化されている。ドイツ語のドッペルゲンゲルとは「ドッペル=2重の」「ゲンゲル=歩行者」の合成語で、分裂した人間の分身を意味し、尾崎翠はその世界や人間の在りように異常な関心を抱いたわけである。目先の損得のためには己を簡単に売る、その計算こそすなわち人間の分裂行為にほかならない。そして分身、つまり一方の魂がさ迷い、追い詰められた果ての決着とは―。翠ならずともここには、現代にも通じる鋭い「分身の真実」が語られているのではなかろうか。

奥深い活弁の力

  弁士・澤登翠さんについては、もはや多くを語る必要はあるまい。法政大学哲学科を卒業後、松田春翠に師事。活動はいまや国内に留まらず、フランス・イタリア・アメリカなど、世界に広がるばかりである。そのようすは著書『活動弁士 世界を駆ける』に詳しい。春翠の意志を継ぎ、絶えかけていた活弁を復興させたばかりではなく、より奥深い「話芸」として開拓したところに澤登さんの存在価値があるといえよう。芸術祭優秀賞・日本映画批評大賞・日本映画ペンクラブ賞など受賞も数多い。
 「澤登節」といわれる「七色の声」は、サイレント(無声映画)と一体化して、子どもからお年よりまで幅広いファンを獲得している。しかし澤登節の力は多彩な声質もさることながら、飽くことなきボキャブラリ―の豊かさと、そこから繰り出される臨場感たっぷりの説得力である。その点において、春翠の意志を継ぎながら、現代の新しい「活弁」を開拓したといえよう。古いサイレントの皮袋に、新しい活弁という話芸を注ぎ込んだのである。これは明らかに平板な虚像に加えた、生身の人間ならではのパフォーマンス。そこでサイレントは澤登翠という稀有な話者を得て、鮮やかな立体性を帯びてきたのである。
 澤登節は単なる話芸ではなく、確かな時代認識に基づいていることも忘れてはなるまい。その言葉を引用して、結びとしたい。
 「日本語の美しさ、重厚さ、華麗さは、語られることによって醍醐味が生まれます。言葉が貧しくなってきている現代だからこそ、語りの芸を大切にしていきたい」

                              (記録・角秋勝治)

※映画『チャップリンの消防夫』『プラーグの大学生』のくわしい紹介は、尾崎翠フォーラム実行委員会の『尾崎翠フォーラム・in・鳥取2003報告集』(11月末刊予定)に収録します。