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 「尾崎翠の見た夢は…」

パネラー=石原深予/森澤夕子/井上嘉明
コーディネーター=山崎邦紀

 尾崎翠は、鳥取に帰った後、地元の短歌誌にいくつかの短いエッセイや詩を発表しました。文学的には最晩年ということになりますが、74歳で亡くなった翠の、36歳から38歳頃にかけてのことです。その中で、翠は何度か「ハロオ」という、モダンな、しかしなんだか耳に残る印象的な呼びかけを残しています。
 『神々に捧ぐる詩』(1933年『曠野』)は、映画のチャップリンと、『こほろぎ嬢』にも登場する作家ヰリアム・シャアプ、という二人の「君」にあてた詩です。後書きでは、他にも、太田垣蓮月、マレーネ・ディートリッヒといった神々がいると書いています。
 この詩の中で「ヰリアム」は「もくせいは君の匂ひ」として、植物の木犀と、惑星の木星が結び付けられます。「わがまどの もくせいの香」は、雨の日には「こほろぎの背に 接吻ひとつ」しますが、秋晴れの日には「白いかぜに騎り」「みはるかす太陽系に遊びに出かけ」ます。作者はそんな「爽カナ彷徨者(ぶらつき)」に呼びかけます。
 「ハロオ ミスタ・モクセイ」。「火星の人たちは どんな言葉を使ってた」と聞くと、「フィオナ・マクロオドの詩の言葉さ」「ハロオ」「雲、煙、霞つてやつさ」「ハアロオ」「火星の人間はみんな気体詩人さ」。「フィオナ・マクロオド」(女性)は「ヰリアム」(男性)の恋人にして分身(分心)ですが、対話は何故か途中から一方通行になって「ハロオ」「ハアロウ」という声が、いつまでも心に響きます。
 一方、『もくれん』(1934年『情脈』)は、林あまりさんの尾崎翠論『グッバイ、センチナウタヨミ−尾崎翠、歌のわかれ−」でも取り上げられたエッセイです。翠が短歌を詠んでいた、日本女子大在学中を回想したものですが、ここで引用されている自作の短歌が、実際には2首をミックスしたものでした。
 この謎を解く林さんの魅力的な推理は、実際に読んでいただくとして(『短歌の私、日本の私』岩波書店刊所収)、学生時代の翠が、木蓮を詠んだ連作10首ほどを持って、女子大週報の編集室に向かいます。そこには先輩の編集担当者が一人いて、中の一首を低い声で読み上げます。「ただ棒読みの素朴な朗吟であったが、これは私の拙い歌が他人に朗吟された最初であった。そして恐らく最終の朗吟であらうと思う」。
 その後、翠が建物の外に出ると「校舎の大気の中には暖かい晩春がゐて、私の背中に呼びかけた。−ハロオ、センチナウタヨミ。羽織ヲヌイデ夏ノウタヲ支度シナサイ。」「暖かい晩春」が、女子大生の翠に「ハロオ」と呼びかけたのでした。
 どの「ハロオ」も、人間同士の挨拶ではないところに、翠らしさがうかがわれますが、一方は宇宙遊泳でもしながら、もう一方はとっくに過ぎてしまった過去の自分への、呼びかけです。この時、翠は、同時代のどこかに自分の理解者がいるという幻想を、すっぱりと捨てたのではないでしょうか。「ハロオ」と呼びかけ、交信しようとする相手は、過去か遠い未来、あるいは宇宙ですれ違う人間以外の微かなモノ、しかいない。しかし、それを悲憤したりせず、淡々とユーモアを込めた、非在の相手に向かっての、遥かな呼びかけ。もしかしたら、これは翠流の同時代に対する「グッバイ」だったのかも知れません。
 今回のパネル・ディスカッション(7月6日16:00〜17:30)に「尾崎翠の見た夢は…」というタイトルを提案したのは、同時代の誰にも理解されないと深く断念した翠の、時代を超えた可能性について考えてみたかったからです。わたしたちは、遠く聞こえてくる「ハロオ」という声を、いかにキャッチし、どんな挨拶を返せるでしょ

                                                                      (山崎邦紀)

1930年、講演のため帰郷した尾崎翠(中央)。同行の橋浦泰雄(左)と秋田雨雀(右) 。鳥取県立図書館所蔵『因伯時報』(1930年5月26日)より。無断転載を禁ず。

 

◎ 各パネラーによる発表

<石原深予>(大阪大学文学修士)
 −歌人翠と「こほろぎ嬢」−

 現在、関心があるのは「こほろぎ嬢」。自分が短歌をよんでいることもあり、短歌と翠のかかわりにも興味がある。「こほろぎ嬢」には「伊勢物語」からの引用もあり、翠の神々のひとりは大田垣蓮月尼。「こほろぎ嬢」を中心に、翠と短歌、古典和歌のかかわりというテーマで考えたい。芥川、佐藤春夫など、翠が好んだ作家についても古典からの影響は色々研究があるが、翠についてはそれがまったく無いというのも寂しい話。翠と短歌、和歌について考えるのが、その契機になればと思う。
1 「桐の花」と「こほろぎ嬢」
2 和歌の贈答と「こほろぎ嬢」
3 共感の枠組みとしての「詩歌」の可能性と限界
4 太田垣蓮月と橋浦泰雄
5 蓮月への翠の関心

<森澤夕子>(佛教大学大学院)
 −「琉璃玉の耳輪」と性別の越境−

 尾崎翠唯一の映画用脚本「琉璃玉の耳輪」は、その成立事情や、エンターテイメント性の高さから、尾崎翠作品において特殊な位置づけをされているように思われる。しかし、この作品の主要なモチーフである性別の越境は、他の翠作品にも共通して表れるものであり、尾崎翠の変身願望が素直な形で表れている作品であるとも言えるだろう。1920年代という時代背景と「琉璃玉の耳輪」から、尾崎翠が見た変身の夢について考えてみたい。
1 1920年代という時代−探偵物語の発達と変身願望
2 「変態心理」との関わり−フロイトの受容について
3 作品に表れる「少女型意識」−両性具有の夢

<井上嘉明>(詩人)
 −尾崎翠と「屋根裏の詩人」−

 翠には一冊の詩集もなく、発表した詩も少ないが、まさに詩人だと思う。翠の作品に、なぜ、かくも多くの詩人たちが登場するのか。そして彼女がそれら詩人に託したものは何だったのか? 翠の描く詩人たちは、外出を好まず、内にこもって思索する「屋根裏の詩人」型が特徴的である。翠自身、いわゆる自然主義嫌いで、象徴派を好んだが、その表徴だろうか。そうした「屋根裏の詩人」と、彼女の小説世界はどのようにつながっているかということも考察したい。
 しかし、詩の実作者、ないし文章家として郷里を見る目は、上記とは裏腹に自然主義的になる。郷里には素直に接したい気持ちが汲み取れるが、翠の文学理念は小説の中に封じ込められ、詩の書き手になった時には、素直な明るい面がにじみ出て来る。「屋根裏の詩人」も本当は、太陽のあたる街を歩いてみたい、とひそかに思っているのかも知れない

                                             (文責:山崎邦紀。2002/05/15)